
DP1
構図が変でしょ。
不安感を狙ってワザとそうした、なんてカッコの良いもんじゃありません。
眼鏡越しにDP1の外付けファインダーを不用意に覗いていると、ときどきこうなります。
注意力散漫じゃん、と言われれば一言もないんですが、わたしに言わせると
DP1のファインダーがちんけだからこうなるんです。
とにかくブライトフレームがブライトしてない!
DP1というカメラ、写りは一級ですがカメラは二級。
使いにくいし、遅いし。
まあ、それでも他に代替がないですからお散歩は多分死ぬまでこのカメラでしょう。
この銅引きの建物、古いですよねえ。
良い感じです。
一階がサッシに変わっているのがちょっと残念ですが。
わが人形町にもこういう銅の外装のおうちはまだ何軒か残っていますが、
これほど味のあるのはないですねえ。
棲んでる人は中々大変でしょうけど。
こういうお宅、清澄通りのおかず横町近辺にはまだ相当残っています。
キットあのアタリ、焼けなかったんでしょうね。
「焼けなかった」と書くと、この頃の人には大きな火事でもあったんだろうかと、不可解でしょうが
「戦争知らない」われわれでも、「焼けなかった」と言えば第二次世界大戦で、
1945年の3月の東京大空襲で焼けなかった、ということです、念のため。
これはね、ついでだからいいますが、いくら戦争中とはいえ、
いくらにっくきジャップとはいえ、軍事施設ではない、その下には女や子供や年寄りが暮らす町へ向かって
逃げ道を塞ぐように周りを囲って火の手を上げ、それからその中へ雨あられと焼夷弾を降らせるというやりかたは
たとえどんな言い訳を考えようと、それを立案、実行した人間は鬼畜以下ですよね。
イスラエルが今同じようなことをしていますが。
全く何処まで人間は残酷になれるんでしょう。
タイトルですが記事や写真とはなんの関連もありません。
スルーして下さい。

DP1
著作権ていうのは分かっているようで実はよく分かりません。
映画で言えば監督と脚本家には著作権がありますが、俳優には?
俳優がもっとも重要な位置にいてその映画ができているんですが、どうも俳優に著作権はないらしい。
俳優にも著作権を、ということになりますと大道具さんにもと、当然なりますよね。
じゃあ、その場面に適切な音楽を流した音声さんは?
権利関係複雑になります。
著作権も肖像権も無視して良い場合が「公共の福祉に供する場合」、これは極めてあいまいですよね。
まあ、端的に言えばニュースなんかそうなんですが、この頃のニュースは腰が砕けていて
やたらにボカシを入れたりモザイク処理したり、あんなの日本だけですよ。
私の作品なんかアメリカのポスター屋では私の許可も契約もなく、堂々と私の名前を入れて売っています。
それも一つや二つではないんですから。
誤魔化してだれのものか分からないようにして売っているんじゃなくて、堂々と私のクレジットを入れて売っています。
こうなると、著作権大事にしてくれてるのか、踏みにじっているのか分からなくなります(笑。
肖像権も写真家には関わってきますよね。
まあ、我々広告屋は無断で撮ったら駄目、が常識ですが、これ自分の作品作る場合はどうか?
昔は公共の場にいる場合は肖像権を放棄している、てことになっていたんです。
だからブレッソンも木村伊兵衛も成立するんですが、近頃は覗き見みたいな撮影をする人が沢山出て
しかもその覗いたスカートの中の映像をDVDに焼いて売ったりするもんですから、
たとえ公共の場にいても肖像権はある、ということになったみたいです。
こうなるとスナップなんか成立しません。
このあたり、横木安良夫さんが過激に撮って良しの立場ですね。
私もどちらかといえば撮って良しの立場です。
悪意に基づいてやるわけじゃありませんから、撮って良し。
それで問題が起きた場合は正面から向き合う。
主張すべきは主張した上で、裁判所が出す判断は判断として従う。
ここを覚悟できないなら写真家なんかやめた方が良いのです。
私の先月の地下鉄の中の写真、今月のこの他人の家、これ肖像権、著作権侵害です、厳密に言えば。
この話はすれば複雑で、非常に長くなりますから半端に終わるのをお許し頂きますが、
ホームページとかブログとか、かつて想定していなかった表現手段が
しかも資本も技術も投入しないでも全世界に向けて開示できる様になってきましから、
余計にことは複雑になってきました。
問題が起きるのを嫌がってみんなが神経質になっていますから
今に無断でリンクを張るのだって違法と言われかねません。
ですから、ネットにのせたらのせた時点で著作権も肖像権もない。
だれがどう使おうと自由、という風にしてしまえばいいと思うんです、ときどき。
非常に乱暴ですが、そうなればそれがいやな人はネットから退く。
著作権はフリーですが、それを使って売ったり買ったりの経済行為を働いた場合は重い罰則を設ける。
つまりお金がからまなければ知識はだれでも何処でも自由に使える。
その知識の元を提供した人は人々から賞賛という名誉が与えられる。
いっそこのくらいにした方がスッキリするんじゃないでしょうかね。
ですから「青空文庫」始めた人はえらいなあと思うわけです。
それが結論かい! って怒られそうですが、本日はここまで。

DP1
「青空文庫」ですが始めた人は何処が慧眼かというと、やっぱりその発想と発想の元になっているその人の思想ですね。
わたしたち当たり前のように著作権と言う権利は作者を守るものと思っていますが、そうでないことは多々あるのです。
そこを憤って、風穴を開けたのが「青空文庫」ですよね。
だれも気がつかなかったし、誰もやらなかった。
それは著作権が経済行為に呑み込まれている現状があるからです。
著作権を作品が産む金を守るための権利、こう考えている金の亡者が非常に多いのです。
本来知識は敷延してこそ意味があるのでしょう。
囲い込んでただ金にするためだけに使うのでは本来の目的にも意味にも適いません。
作者の死後50年を過ぎた作品は黙っていれば出版社を儲けさせるだけ(遺族に印税はいくとしてもです)。
それならただでみんなに見せちゃおう、というのが「青空文庫」の趣意です。
凄いと思います、この発想とそれを実行した勇気!
そうしてしてその趣旨に賛同して集まってきた文学者たち。
無料で資料の校正や現代表記への書き換えというものすごいエネルギーのいる仕事を無償でおこなっています。
なぜそんなことができるのか? それは知識はみんなのもの、という思想があるからです。
ただ、「青空文庫」の成功があらたな金権亡者を呼びました。
私も買ったりするので大いに矛盾しているのですが、映画の500円DVD。
やられたな、と思ってすぐ反転攻勢に出たそれまでの販売業者。
どちらも、金、金、金。
全く頭の中に他に繋がる回路はないんだろうか。
画面の左下に写っている自転車、わたしのです。
もう15ー20年ぐらい乗っています。
その間前後のタイヤとサドルを代えました。
あと変速機も。
あ、ブレーキパッドもそれからそのワイヤーも。
元のものは骨組みだけですね、考えてみれば。
2009年02月18日 Monthly ProPhoto 40

DP1 ISO800 Handheld
ゆうべ、銀座のAppleのイベントへ行ってきました。
コマフォト主催でEOS 5Dmk2の使い勝手に関するレクチャーをスティル、ムービーの両面から解説、みたいなことでした。
講師はスティルが凸版写真部の南雲さん、ムービーが別の方、名前失念です(汗。
会場は立ち見の出るほど満員。
写真撮影OKでしたが、この写真は始まる大分前にパチリ。
撮っていいと言われると撮る気のなくなる天の邪鬼で、写真はこれ一枚。
内容は微妙。
でも、ああならざるを得ないのでしょう、一時間半でスティル、ムービーを語るとなれば。
5Dmk2のムービーをファイナルカットプロで編集しようとすれば1テラのHDD3台レイドを組まないと厳しいという話しでした。
ムービー解説した方の言った「カメラから視線入力が消えたように、結局はエンドユーザーがオモシロがらなければ、消えるかも知れない」という
見通し、予測はなあるほどでした。
道具は単用途に限る、と言うのがわたしの感想ですが、現実「ついでにムービーもお願い」て言われるときに
5Dmk2を使おうとは思わないですから。
キヤノンもフルサイズを積んだビデオカメラを出す方がインパクトあるんじゃないでしょうか。
それが出れば、CFからフィルムが消えるかも知れません。
やはりあのとろけるようなソフトフォーカスの為だけにフィルムカメラを使ってるようなもんですものね、ムービーは。
35mmのフィルムを縦に走らせてその端に音声トラックを切る今のフィルムカメラより更に大きな倍近い画面が手にはいるのですから
ムービーカメラマンにとってはフルサイズデジタルのムービーカメラが出たら雪崩を打つでしょうね。
キヤノンの狙いもその辺りにあって、なにげにリサーチしたのかも知れませんね。
5Dmk3からムービー機能が消える可能性はけっこう高いかも知れません。
なんて、妄想ばかりへめぐって、かんじんの講義適当に聞く悪い癖が出た1時間半でした。

DP1 渋谷区松涛の白梅
麻生さんが初めて、無謀にも自民党総裁選に出馬したのが2001年。
候補は他に小泉純一郎、橋本龍太郎。
麻生太郎のその時の得票数はたしか31票、あははと言うかとほほと言うかの大敗。
でもそこから今の麻生太郎が始まったんですね。
その時、その無謀な挑戦をオモシロがって麻生さんを追っかけたテレビ(報道局)がありました。
番組も局も忘れちゃいましたが、そのときホテルか何かから出てきた麻生さんが黒塗りに乗り込む僅かな瞬間にぶら下がり取材。
記者がマイク突き出して突貫小僧、カメラがそのあとを追う。
無言で車に乗り込んだ麻生さんが自分でドアを閉めようとしたときに、カメラが座席に山積みになっている雑誌を捉えた。
記者も気づいた。
「あ、それ、」記者はそこにうずたかく積まれているのが漫画であることに心底驚いた様子、あとの言葉が出ません。
麻生さん悪びれた様子もなく初めて口を開きました。
「マンガ本はね、全誌毎週見てんだよ」
「…… 、そうですか、、、」
この記者の反応は健康ですよね。
やはり政治家の車の中には哲学書とは言いませんが、評論集や小説や陳情書の束でもいいですから、活字であって欲しいですよね。
マンガが悪いとは言いませんがマンガ全誌読んでもほめられませんよね。
でも、これによってアキバおたくから絶大な人気を得るわけです。
小泉、橋本、麻生、そして今話題沸騰の中川さん、皆さん世襲議員。
世襲と言えば歌舞伎をはじめとする各種お家元制度、それに政治、近頃は落語まで。
競争を削ぐこの世襲は中身より純潔をありがたがる日本人には案外抵抗がないみたいですね。
でもこれは衰退に向かうみちしるべ。

DP1+Flash 横浜中華街の名物猫
人形町の我がスタジオのある一画をテリトリーにしていた猫たちは今は4匹。
二匹のキジトラと黒のより目ちゃん、それにのらくろ、の四匹。
ジダンも親分ももういません。
より目ちゃんの兄弟のクロネコもいなくなった。
トラップかけて、全員に避妊手術をしたことの効果と言えば言えます。
数が減るのはみんな交通事故なんですが、毎年生まれていた子猫が生まれてこないので、結局数が減っていきます。
猫嫌いさんは思い通りの結果で喜んでいるんでしょうが、
この四匹が居なくなればどこからか別のグループがやってくるに決まっています。
そうしてその猫たちはまた子を産み始めます。
写真のキジトラは中華街の名物猫。
触っても撫でてもこのままです。
相当乱暴に触られても、寝たままで起きようとしません。
猫に三種類あるのご存じですか?
ネコとヘコとトコ。
ネコは鼠を良く捕ってくるネコ。
ヘコは蛇捕るネコで、トコは鳥をとるのが上手なネコ。
そして、ネコにはもう一種類、寝てばかりいる猫もいます。
ちなみに横浜のこの猫は、最後のネコ。

DP1 Tutorial
中川大臣が酒に酔って記者会見。
自分のその醜態が瞬時に世界に発信されるという想像力が欠如しているのはちょっと信じられません。
同行していた記者からもそれを問いつめる質問が出ないのも、相も変わらぬクラブ取材のせいでしょうね。
外務省に自由に出入りでき、大臣にはいつも張り付き、パンピーが入れないところへも自由に出入りしているうちに
記者の心の中にエリート意識が芽生えてきます。
それが、取材を受ける側の狙いなんですね。
自分たちに対峙する行司ではなく、同じ土俵に上がる呼び出しにしてしまう。
互いの利便性ばかりを大事にする関係が出来上がっています。
一方であの若さで10年以上あたためてきた企画を映画化に成功させて、しかもアカデミー賞。
そういう俳優が生まれてきたことは喜ばしいことですね。
珍しくこの映画、わたしは既に見ております。

銀座の東作からこんなさびしい便りが来ました。
釣りをやらない方にはどうでもいいお話しを少しさせて下さい。
わたしが釣りを始めたのはひょんな事からでした。
よく飲みに行くところでMさんという当時第一勧銀のえらい人と知り合いました。
その人が「いっぺん行きましょう」てんで、大磯へキスを釣りに連れて行ってもらったんです。
舟に乗って出たんですが、これがそう大して釣れたわけでもないのにきっかけになったんです。
その後一人であちこち行ってたんですが、わたし当時現像を出していたのが銀座のSPOT商会。
これは広告の人はあまり使わないラボでしたが、ニュース関係者にはロールの抜けが良いという評判で、
わたしはニュースからの流れもんですから、広告屋になってもそのままSPOT商会で現像頼んでいました。
テスト現像を突っ込んで、それが上がる迄二時間。
大抵は「銀一」を冷やかすか、並木座で映画を見るか、三州屋でいっぱい。
私はちょっと呑んでも、金時が火事見舞いに来て惚れた女に出会ったみたいに、
顔が真っ赤っかになりますから三州屋へは滅多に行かない。
当時三州屋で昼間っから飲んでるのは大概カメラマンでした。
今のように年収がどのくらい行かないと、なんて考える人はあまりいなくて、
みんな道楽がこうじてカメラマン、みたいな人ばっかりですから、
呑気に仕事しているように見えましたね。
ある意味、良い時代でした。
銀一と並木座ばっかりじゃいくら売れてないわたしといえども、見るものがなくなってきます。
で、あの辺り流していると「銀座東作」が目に入ったわけです。
名前は知っていましたが、お客は旦那衆ばかりだろうと、敷居が高かったんですが、
あるとき思いきって入ってみたんです。
今の若旦那、和彦さんがお店任されたばかりの頃でしょうか、まあこっちは貧乏人の釣り好きですから
お大尽遊びの釣りを覗く様なつもりで入ったんですが、確かにそれらしい人も居ましたが、
わたしみたいなのもごろごろしてる。
ちょうど骨董好きみたいなもんで、食べるもの倹約しても骨董、みたいな人が、和竿好きにもいたんですねえ。
通ううちにわたしも分不相応にハゼの小突き用に一間の中通しを一本、お願いしました。
これがね、はまるんですよ。
プラの練り物の竿しか使ったことがないわたしにはその最初のアタリが麻薬でした。
「はあ、これにみんなしびれるんだ」とね。
結局、そのあと中通しの一間半、キス竿、カレイ竿、コチ竿と、稼ぎは全部東作へ運ぶような始末で、って大げさですね。
和竿の老舗は何軒かありますが、東京じゃやっぱり東作。
本店は稲荷町で、銀座は分家。
でも出来は一緒ですね。
神田に「櫻井」て、三代ばかり続いている「江戸川」って竿があるんですが、これはいけません。
そんなこと言うと怒られますが、和竿は拭きうるしでなくっちゃあ。
江戸川のは刷毛塗りなんですね、ですから塗りが厚くなって品がない。
まあでもそれは余計なお世話ですね、丈夫だからそれがいいって人もいるんですから。
で、その「東作」からこんな知らせ。
仕舞うんですね、今時の便利一辺倒には合わないんでしょう。
残念です。
そういえばこの頃行ってなかった。
でもわたし、 今は買えないなあ。。。