Posts Tagged ‘猫’

序列

2006 年 6 月 9 日

猫猫 上の写真「親分」の近影です。かつては人形町二の部に君臨するボス猫でしたがこの頃すっかり序列が下がってしまって、しかもおどおどしてなんだか覇気がないんです。私が鬱々としているときに、こいつもこんなに弱気になってしまうとなんだか相互作用が働いてますます落ち込んでいきそうです。かつてはこういう目はしませんでした。もっと、「人間なんて、なんだ!」というような目でこちらをにらみ付けていたんですが、このおどおどした様子は一体どうしちゃったんでしょう。顔全体がすりむけて、毛が逆立っていたのはだいぶん直ってきましたが、相当酷くいじめられたに違いありません。その虐められて瀕死の状態を見た仲間が、彼の順位を落としていったということでしょうか? 助け合わないのか? なんて思ったりします。動物の世界は人間の目から見ると残酷とも思える程に老いてゆくものに対して苛烈です。親分も随分ながく二の部に君臨していましたから、そろそろ引退も仕方ないのでしょうが、力が落ちてゆくと餌取りもままにならない。誰かが取ってきてくれるわけでもない。若いときは苦にしたことも考えたこともない餌取りの不自由さが、もの凄く重くのしかかってくる。このあたり、われわれフリーランスに似ていますね。若い時はただ忙しいと言うだけで、そのことに文句は言っても仕事が無くなるなどということは毛ほども考えなかったのが、段々どうやって仕事をもらおうかと考えるようになる。考えたときはもう手遅れなんて事は、その時になるまで分からない。やっかいなものです。

で、若者たちはこんなにのんびりとしています。毛づやもいいし、うらやましいなあ。なんて親分は思っているかも知れません。親分のまわりにぱらぱらと落ちているのは私の燃料を買いに行ったときに安売りをしていた「銀の匙」でもこれを撒いただけて逃げていきます。しばらく経って、それから用心深く撒かれた餌によってきますが、この時はたまたま周りに誰もいなかったから親分も食べられましたが、普段は大概親分がぱっと逃げるのと入れ替わりに、若者はさっと近寄ってきます。判断力、勇気、積極性、そのすべてに於いて親分は老いたようです。これをまっすぐ受け入れるのも結構エネルギーを使いますね。本当に悲しいかな、人間はどんな些細なことも経験しないとわからない。頭で分かったものはクビから下にはやってこない。ですから心臓や腹へはおさまらない。その時が来て初めて「ああ、こういう事だったか」と合点がいく。これが頭から腹へ納まれば、歴史は同じ事を繰り返すはずがないんですけどねえ。面白いといえば面白い、あわれといえばあわれですねえ。

「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」ですかねえ。この写真の左側、ゴミ袋に包んであるのは撮影でたった一度使用した床材。「処分しといて下さい」って言われたんですが捨てられない。猫にやられないように使わなくなった真っ赤なデコラを切ってカバーしてたんですが、やっぱりやられちゃいました。お天気が良くなったら再梱包します。

久々に人形町の猫

2006 年 5 月 25 日

久しぶりの上天気。仙台方面から匿名で励まされたこともあり、お天気も良し、猫も来たんで、余程気分は良くなってきました。ですから今日は写真が大きめです。現在人形町二の部町会の私の住まいのある一角をテリトリーとする猫の総数9匹。例のトラップ事件後もみんな元気に暮らしておりますがひとつだけ様子の変わったことがあります。それは私が「親分」と呼んでいた大きな猫が元気がなくなってしまったことです。ほかの猫たちには優しくて、人間にはふてぶてしく反抗的で私は好きだったんですが、こいつが妙におどおどしています。毛づやも悪く、総身の毛が逆立っているようで、顔なんか誰かに蹴られたみたいに赤くなっていました。以前はカメラを向けたって「へん」というような素振りでこちらをにらみ返していたものが、いまではカメラを向けただけで逃げてしまいます。このあたりに猫嫌いさんは大勢いるんですが、猫をいじめる人はいない、筈ですから、おおかた酔っぱらいにでも酷い目にあわされたのかも知れません。人形町には床下の広いお寺や神社はありませんから、猫たちは人の通らない家と家の接する裏の路地が休憩場所になっています。芳味亭の裏とうちの裏はつながっていますから、みんな芳味亭で何かもらっておなかがくちくなると、うちのこのおきまりの場所へ来て寝ています。紙の断裁やさんのSさんもこの頃は断種のお役目もごめんになって近頃は雀と遊んでいます。都会の雀で二三羽が来るだけですが、ボール紙とガムテープで家の軒先へ貼り付けてあるえさ箱へしょっちゅう来ています。ところがこれを猫が狙ったりするそうですから、なかなか世の中は思い通りには行きません。えさ箱に餌がとぎれると、雀は催促するそうですから、かわいいじゃありませんか。Sさん曰く「頼られるとね…」ですって。「そう、なんにでも、頼られたらしょうがないですもんね」と返したら笑っていました。Sさんも嫌々引き受けた猫の手術作業も終わって、やっと本来の気持ちで猫や雀と接することが出来て嬉しそうです。

人形町の桜 5と猫

2006 年 3 月 30 日

ちょっと陽がさして来ると、猫たちがはい出してきます。ひとしきりじゃれてまたすぐ隠れてしまいますが、やっぱり春を感じているのでしょう。この三匹は皆まだ幼いんですが、うまく逃げ切ればまた繁殖するでしょう。

猫

定点観測はこんな具合です。今年は寒いせいか夜大騒ぎをしている人たちが居ません。なんだか皆さん静かに桜を楽しんでおられるようで、誠に結構。昔はこの縦長の公園は川だったんです。ですから桜にはいいのかもしれません。道の両側に船宿が並んで、猪牙舟(ちょきぶね)が浮いていたりしたんですが、すっかり変わってしまいました。特に奥に聳える高層ビルは町の一区画をそっくり地上げして建てたものですから、周囲に公共広場を作ってもその中を通っていた道や路地はすべて消えてしまいました。
東京の町は東京オリンピックを境に激しく変貌したように思われていますが、実は江戸時代のまま残っているものが至る処にあるんです。それが道。切り絵図を持って町を歩けば、江戸時代の道がこんなにそのまま残っているのかと驚かされますが、このビルのように一区画丸々買い取ってビルをおっ建てるというのはいいんでしょうか? 道は私有できないんじゃないでしょうか? 役所と巨大資本が勝手なことをしていますが、ここで文化がとぎれたことは確かです。以前の町並み地図をここに掲げると言うような配慮はみじんもありません。
ヨーロッパのように文化は人の生活に不可欠なんだという意識が完全に欠如しています。儲けがでたら文化にもいくらか予算をつけるか、と考えているようでは、まだまだ後進国、と結局例によって小言幸兵衛でお開きになりました。

桜

渡り猫

2006 年 3 月 12 日

猫猫こういう言葉があるかどうか知りませんが、どこからか渡ってきた猫。昔なら三度笠に長ドス一本ってところなんでしょう。スタジオの路地を出てお向かいのお宅の植栽の陰。地元の猫には猫道があります。どの猫も通る道筋、休む場所が大概決まっていますが、外から入ってくるとそこにはいきなりは、いけないんでしょうね。あまり地元の猫が休んでいたことのない場所で休んでいます。もっとも写真を撮るちょっと前までここには陽が当たっていましたから、そんなかげんもあるかもしれませんが。ちょっと弱っているみたいです。長い間、あちこち渡っているみたいで、疲れたんでしょうね。そばによっても逃げる元気はないみたいですが、目でこちらを威嚇してきます。どんな目つきかというと、ちょっとズームインしてみましょうか。どうです、なかなかでしょう。俺にかまうんじゃねえ! って目でしょ。人を信用していない、自分の周りにバリアーを張ってそこから中へは入るなという目です。私と猫の距離は2メーターぐらい、もう一歩私が前に出ればこの猫は立ち上がって逃げていくでしょうね。こういう風に常に全身に緊張を保って生きて行くのは、疲れるだろうとおもいます。ですから夜中なんかに人が途絶えた道路で仲間同士遊んでいるときは喜々としています。でもこの猫はそれさえも長いことしてないんじゃないでしょうか。この鋭い目から、孤独がひたひたと伝わってきます。寂しいとかひとりぽっちとかいう感傷をすべて取り払ってしまった孤独が、この猫にはあります。人はどうしても生き物を擬人化して見てしまいますから、動物の行動に感傷を持ち込みますが、この猫からはそういう一切を拒否する意志が見えます。たかが猫といえども、生きるということにおいて人と遜色ないなあ、なんて思いながら、彼(?)のじゃまをしつつ写真を一枚撮らせてもらいました。失敬。

またまた人形町の猫

2006 年 3 月 9 日

ねずみ「猫は仇(あだ)をする」と言われますがまんざらそれはデタラメでもないようです。猫嫌いの人の車のホイールにばかりおしっこをかけたり、もっともこんな例は犬にもあって私の知り合いのおうちでは大勢の家族の中でただ一人犬嫌いの人がいて、犬もその人が嫌い。玄関に何足も脱ぎ散らしてあるサンダルのその人のサンダルばかり無茶苦茶に噛み切ってしまう。買ってくるとやられる、何度でもやられる。だからその人はますます犬嫌いになる。すると犬もますますその人を嫌いになる。面白いですね。人間関係にもそういうことはありますが、互いに社会的な常識や法律やらに縛られてこれほど大胆に感情をむき出しにはしませんが、犬や猫はそこのところは遠慮がありませんからねえ。
で、うちのお隣、大の、すこぶる付きの猫嫌い。うちで猫におかずの残ったのや刺身を作ったときの魚の内臓なぞをやっていることが知れたら

そりゃあ大変です、多分。でも今のところ知られていませんが、「風間さんのところの裏に、いつも猫が集まってますよ」なんてご注意を頂いて「そうですか?」なんてしらばっくれていますが、そのうちばれるんでしょうか。そのせいかどうかこのネズミの食い残しはお隣のエアコンの室外機の上。冬場は冷たい空気を排出していますからちっとも暖かくはないはずなんですが、わざわざここで食べる。しかも柔らかい内蔵だけ食べてあとは食べ残すあこぎなやりかた。これは日頃の敵討ちと思わないわけにはいきません。いつもうちの裏で食べて居るんですから、うちの裏で食べればいいのにこんなところで食べて捨てていく、うーん、悪い奴らだ。って、私はそんなに怒っちゃ居ないんですが、でもまあお隣には気の毒ですからお隣が気づかないうちにネズ公の方はかたづけておきました。

ところがですね、ここまで書いたところで、誰か玄関の戸をノックしています。みなさん、物事は思わぬ方向へ転回するものです。「はいはい」なんて言いながらドアを開けると、お隣の娘さん。よけいなことですがこの娘さん高校生ぐらいの時はもの凄くかわいかったんです。小町、ですね。まあその人も普通に大人になって、今うちの前に立っているわけですが「ネズミ片づけてくれたんですか?」なんて言ってる。なんだ知ってたのか、と思いながら軽く「ええ」。するといたく感謝しているという目つきで「どうしよう、と思っていたんですよ」なんて言ってます。それからなにやらビニール包みを取り出して差し出します。ネズミ掃除のお礼だろうと思ったので、遠慮なくちょうだいしてあけてみると、なんとしゃけ。こりゃあ、分け前半分猫にやらないといけないかしらん。それとも、時々隣の室外機の上でネズミ喰うように頼んでおけば、また鮭がもらえるかしらん、なんて不謹慎なことを考えちゃいました。しかあし、物事は思わぬ方向へ発展するものですねえ。これは予測不能でした。写真一枚撮ったときは、これでDiary一日分ゲット、でもちょっと悪趣味かな、なんて思っただけなんですけど、こううまく落ちが付くとは思いませんでした。隣の、”元超かわいかった娘さんのその後”の息子さんが沼津あたりで料理人の修行をして居るみたいで、時々おいしいものを頂きますが、今回はなんだかちょっと後ろめたい。でもまあ、そのへんはほっかむりして、ただ感謝されていればいいか、なんて、例によっていい加減な風間でございました。

鮭

久しぶりに人形町の猫

2006 年 3 月 9 日

猫昨年お向かいの猫大嫌いさん二三人のご意向で、我がブロックの地域猫たちは親分を覗いてみんな手術を受けさせられたお話は書きましたが、そのときすでに子を持つ猫が居て、その親猫だけは手術をしなかったんでした。なぜなら手術をするとおっぱいが出なくなるから、というのが理由でした。これはことの本質(この場合、猫を漸減させてゆく予定)と照らして矛盾する行為のように思われますが、これは猫嫌いさんが猫大好きさんに猫の捕獲、病院行きを依頼したために起きた椿事。そのとき五匹いた子猫のうち育ったのは一匹。このあたり食料に恵まれている人形町でもこうなんですから、自然は過酷なものです。ほとんどは交通事故なんですけどね。その過酷な条件を無事乗り切って生き残ったのがこいつ。お母さんそっくりですが、お母さんより相当活発。今も、しきりに何かを追っています。追っているのは自分の姿なんですけど、このところこれに夢中です。ボンネットの暖かいことを知ったこいつが暫くはボンネットに乗っておとなしくしていたんですが、そのうちにフロントグラスのまわりのゴムを利用すると結構いろんな場所に行けることを発見。あちこち歩き回っているうちにサイドミラー発見! しかも、そこに見たことのない猫まで発見、それで今はこの新しい友達に夢中なんです。車はいたるところ足跡だらけ。車の持ち主怒るでしょうね。前はただの雨ざらしの駐車場だったんですが、車が新しくなったときに、屋根をつけたんですね。これで雨の度に車が汚れるということもなくなると思ったんでしょうが、屋根で猫は防げない。雨よりよほど汚されています。昔、知り合いの知り合いに小金持ちがいまして、その小金持ちがイタリア製の超高級車を買ったと思いねえ。ワックスかけて毎日ぴかぴか光らせるのが楽しみでした。それがあるときなんとその超高級車のボンネットに猫が乗って居るではありませんか。彼は怒ったそうです。そうとう怒ったそうです。で「&§※☆◎★‡!!」とか大声で叫びながら猫を追ったんだそうです。驚いたのは猫です。訳のわからないことを言いながらものすごい剣幕で追われたものですから、あわてて立ち上がると逃げようとしたんですね。でもその車は日夜すみからすみまでワックスかけて磨き上げられた車ですから、すべるすべる。猫はボンネットの上でつるつる。やっと逃げていったときにはその超高級車のボンネットには見事な抽象画が出来上がっていたそうで、この時の教訓は「ボンネットの猫はそっと追え」だったそうです。まあそれほどの高級車ではないにしてもこれは結構持ち主にはキツイかもしれませんね。また猫嫌いを一人増やしたかもしれません。しかし、嫌われても嫌われても、我が猫たちは繁殖を続け、好き放題勝手放題をするんです。我が家の山椒の木も、根こそぎ引き抜かれてしまいました。香りがいいので歯でもせせったんでしょうか?