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鎧橋

2012 年 3 月 23 日
鎧橋から

4S

谷崎潤一郎は人形町に生まれて、兜町の坂本小学校に通っていたそうです。
私は長野県の松本に生まれて茅場町に越してきて、小網町を経て現在の人形町にいます。
私の通った小学校も、坂本小学校で、その時分既に校庭の国旗掲揚棒の礎石に創立八十周年と彫られていました。

人形町から坂本小学校へ通うにはこの写真を撮った時に私が立っていた鎧橋をわたります。人形町から坂本小学校まで子供の足で十五分ほどでしょうか。私がまだ小網町に住んでいた頃は木の橋でした。
それは多分、谷崎も渡った橋でしょう。
もしかすると谷崎の頃はその木の橋もなくて、渡し船だったかもしれません。
木の橋を今の橋に架け替えるときに、橋の位置が少し下流(写真手前)へ 移動しました。
今の橋が出来て木の橋を外すとき、見ていたんですが、支柱が倒れて、その上にのっていた鳶が一人川へ落ちました。相当高いところから落ちたんです。余程経っても上がってきません。廻りがざわついてきて、小舟が落ちたあたりへ寄っていき、水の底をのぞき込むようにしていました。
「だめかもな」
誰かがそんなことをつぶやき、見物人も工事の人たちも、半分諦めかけた頃に、その舟の前へぽっかりと落ちた鳶が上がってきました。

「これが重たくて、中々浮かび上がれなかったよ〜」
と、水の中で鳶が高く上げて見せたのは、右手に握られた大きなげんのうでした。
これには、見物人からも工事人からも一斉に笑い声と拍手が上がりました。

幼い頃の記憶です。

私自身、この写真の奥の方でこの川(日本橋川)にはまりました。
幸い、生きております。

今年は空が

2012 年 2 月 4 日
プラタナス

4S + Photoshop

今年の冬はいつもより空が青いような気がします。
寒いせいでしょうか?
しばらく暖冬続きだったせいか 、今年は一段と寒く感じます。

うちのあたり、プラタナスはこんなに剪定されてしまうんですが、これが四月を過ぎる頃には再びフラクタル的再生をして枝を茂らせ、葉をいっぱいに付けるんですから大したもんです。

いちょうも五年に一度くらいのわりで、大々的に剪定されます。
その翌年は銀杏の粒が小さくなります。

ほとんどの家が庭など持たない下町では、街路樹が庭木代わりで、目を楽しませてくれます。

写りこんでいたビルは消しました。

東京のまん真ん中

2005 年 7 月 28 日

「まんまんなか」って聞かなくなりました。NTVの野球中継アナウンサーに一人、「まん真ん中のストレート」って言ってる人がいますが、今はほとんどが関西弁の「ド真ん中」。この言い方はけっこう古くからあって「花の東京のド真ん中アー」ってうたう歌謡曲がかなり昔に流行ってましたから、言われはじめて何十年にもなるんでしょうね。今ではすっかり、ド真ん中の方が定着していますが、私の子供の頃はこれはあまり聞かれませんでした。

ところで、この写真、東京の真ん中もこんなに汚いもんなんです、っていう写真じゃありません。この時点でもう分かっている方は、普段から写真をそうとう見慣れている方か、よほど注意深い方。ウィークデイの真っ昼間、潮は相当引いています。右の写真は尚分かりにくいでしょうが(手ぶれしてます、ごめんなさい)、赤丸の中はボラの稚魚イナッコの群れです。たぶん二、三日うちにサギがやってくるでしょう。上は高速道路が川幅いっぱいにかかっているのに、そのさらに上を翔びながらここに餌になる魚がいるのをどうして分かるんでしょうね。この場所は兜町、証券取引所前の日本橋川。そこに架かる兜橋の上から撮っています。ここに来る鷺はアオ鷺なのかゴイ鷺なのか私には分かりませんが、だいたい2、3羽。引き潮どきに来て、ついばんでいきます。簡単にいくらでも捕れるみたいで、休む間なしに捕食しています。今年も上手くそんな場面に出くわすことが出来れば、写真を撮ってきます。

で、注意深い方、なんて書いたから大概の方は、俺も注意深いぞ、ってんで必死に目をこらして、上の写真を眺めたでしょうから、もうだいたい予想はついておられるでしょうが、ちょっと分かりやすく下に拡大写真を。前に銀座の悪口を書きましたが、日本橋もこんなもんです。一皮むけば大概こうだ、と言うより、かれらの方が逞しいんですね。どんな場所でも、どんな環境でも生きてゆける。人類の滅んだあとに、もちろん核戦争後でしょうが、生き残っているのはゴキブリと彼ら、っていうのも頷けそうな一枚でしょ。そうです、ネズミです。奥の崩れかけた石垣の穴の中に住んでいるみたいです。潮が引いたんで出てきて、お食事。石にかじりついていますが、これ貝を食べているんです。フジツボみたいな付着生物がびっしりと石垣やゴロタ石にはり付いています。このあたり汽水域ではありますがムラサキガイとかは目につきません。このごく小さな貝がネズミにとってはごちそうなんでしょうね。一生懸命食べてました。私が乗り出したので、何匹かは用心して穴へ隠れましたが、十二三匹はいました。ちょっと気味悪い。私は子供の頃からのならいで、大概の小動物は平気。蛇も捕まえますし、ゴキブリはいまでも素手で捕まえてしまいます。でもネズミだけは、苦手なんです。ハツカネズミも駄目です。ヌートリアなんてとんでもない。ですから、この写真撮るの、けっこう緊張しています。だから手ぶれ、って、言い訳になりませんね。ウー、でも気持ち悪い。お食事中の方いらしたら、ごめんなさい。でもこれが都会の現実です。東京都中央区日本橋兜町に住むネズミ。ちょっとした都会の野生をご紹介しました。きょうは絵に、夢もユーモアもなくてごめんなさい。

冗談から駒、銀一はシャレがわかる?

2005 年 3 月 16 日

日本橋川に鴨

こんなところに鴨が三羽、よりによってこんな汚い川へ、とお思いでしょうがここにはオシドリが群れてやってきたり、アオサギが来たりします。一メートルを超えそうな鯉が何匹も泳ぎますし、もう少したつとこの写真の左側の浅瀬にボラの稚魚の大群が現れます。鷺はその時期にやってきます。上に高速が走っているのにどうして鳥はそこに餌がいるのがわかるんでしょう。ちなみにここは鎧橋。ライブドアとフジテレビが激しく戦っている東京証券取引所の前です。川は日本橋川。神田川へとつながって吉祥寺までのびています。株屋さんはこの川を挟んで小網町方面を川向こうと云います。ずいぶん以前ですが川向こうに当々亭という洋食屋がありました。毎週第三木曜日に「敵に勝つ」という昼定食を出して、これが株屋さんに大人気でした。普段は別々の定食が一緒盛りになって大サービス。ビフテキと豚カツが大盛りのキャベツの上に乗って出てくるんです。縁起をかついで株屋が大勢食べにきていました。作今のように何食限定なんて言うケチな客寄せはしませんから二時三時まで株屋であふれかえっていました。株屋がまだ小説の主人公になったり、ロマンのあった時代のことです。

チューリップ

上のチューリップは取引所の裏の道を茅場町まで行ったところで高速の出口付近のビルの消火栓。この消火栓を使わないですむようにと主が植えたんでしょうか。あるいは植木鉢に消火栓の種を蒔いておいたら、生えてきたんでしょうか? ちょっと面白かったので。

一番乗りは猫

パブリカ

リアのフェンダーにちょっと当てたあとがあるのがご愛嬌。2005年の銀座、ギャラリーの前にパブリカ。村上春樹が「趣味のいい」と形容しそうな持ち主、でしょう、多分。スェードの靴にジーンズ、洗いざらしのボタンダウンにフラノのジャケット、同系色のマフラーなんかで現れそうですか? おしゃれは行きつくと哲学。私には縁がないんですが。

やっと銀一に着きました。新藤修一さんのホームページにも記載のあった大判のカレンダー、わたしもMさんに見せられました。でも目的はマグニファイアー、それもペンタックスの、4000円。これが20Dにつくという噂を聞いて。結果は後日お知らせします。で、そのマグニファイアーをもらいに地下へ行ってびっくり。店長のYさんの前に「デジカメのフードどうしてます?」を売っているではありませんか。しかも銀一オリジナルと銘うって! 驚きましたね、このユーモア。丹羽さんと武田さん(ほんとは二人とも丹羽さん。わかりにくいからということで、我々が勝手に弟さんを武田さんと呼んでいたら、いつのまにかそうなって、今またそれを知る人はわずかになった)と二人で大学ノートにレンタル機材を記入していた頃から、現在の写真界になくてはならない店にまでしてきた秘密をかいま見たようでした。でもどうやら本気らしいです。作り方は私のように直づけでなく、ネジが切ってありました。わざわざ写真をお見せするほどでもないのでこれは割愛。興味のあおりになる方は銀一の地下でどうぞ。でも早めに行った方が良さそう。どう見ても、絶滅危惧種ですもの。

銀一デモ

先ほど再び銀一へ行ったので、写真を撮ってきました。 絶滅危惧種を撮った貴重な写真です。


追記 3/22:PENTAXのマグニファイヤーは20Dには微妙です。装着はできるのですがPENTAX側は上部がしぼってあります。しかも肉が薄いのでこちらを削るのはちょっと無理そう。EOS側を削る勇気のある人には使えます。またきっちり入らないけど実用にはなるからOKという人なら大丈夫。でもオススメできません。4000円は無駄な投資?