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ウィーンの紅葉

2021 年 11 月 11 日

紅葉

紅葉

紅葉

例によってSchifteさんからウィーンの写真が送られてきました。

この中を歩けば詩が生まれ音楽が湧き出るような景色です。

東京は12月にならないとイチョウの葉も散らない今日このごろですが、今月末には色づくのでしょうか。

最近すっかり「半畳記」も放置状態ですが足を痛めて遠出の散歩ができないので写真も撮れず、ついついほったらかしになっています。

怪我が治ればまた書きたいとは思っていますので、どうぞお見捨てなきよう。

気になさっている方向けのご報告。

Okumi-sanは相変わらずの様子です。

この頃では予約を取れば窓越しに家族との面会は叶うようになりました。

この景色、見せてあげたいんですけどね。。。

ウィーンからコロナ事情と桜

2021 年 4 月 29 日

八重桜

八重桜

なんだろう?

ウィーンでも八重桜が満開だそうです。

でも、ロックダウンは昨年の11月から続いているそうです。

スーパー、八百屋、薬屋さん以外は開いていないとか。

昨年の11月からオペラハウス、映画館は閉まったままだそうです。

緊急事態宣言下でも人通りの耐えない日本の様子がニュースになっているそうですよ。

熱し易く冷め易い我が国の国民性が、他国からは奇異の目で見られているようです。

インドでも毎日三千人も死者が出ているのにあの混雑ぶりですからね、アジアの不思議としてヨーロッパには映るんでしょう。

みなさまご自重あそばせ。

写真はウィーンからSchifteさんが送ってくれました。

何だかこのところ、人の褌ばかりですが、コロナに加えて膝の靭帯が切れているんですから外で写真もままならないわけで、ご勘弁のほどを。

それではみなさま、ご自愛ください。

Viennaからの便り

2021 年 2 月 21 日

ウイーンのSchifterさんからまた最近のウイーンの写真が送られて来ました。

まだまだ彼方は寒そうです。

ウイーン

Stephans大寺院

正月に東京に来ている間にウイーンの自宅でドライになったりんご

公園の池が凍結

Napoliを見て死ね、こんな世界に戻りたい

2021 年 1 月 28 日

ナポリ

去年の2月のナポリです。

ウイーンのSchifterさんが旅行した時に撮った写真を送ってくれました。

お正月で日本に戻ってきているのですが、コロナで会えません。

それで送ってくれました。

こんな空とこんな海との間にCoronaがはびこっていない世界に早く戻って欲しいものです。

イタリアで写真を使われたことはあるけど、私はイタリアを知らない。

でも、よく考えたら「ナポリを見て死ね」はイタリアの諺なんだから、イタリア人に向けて言ってるんですよね。

イタリアの田舎に住んでる人に「死ぬまでにナポリだけは見ておけよ」と言っているわけで、

はるか極東の片隅に住んでいる私に向かって、「見てから死ねよ」と言っているわけではない。

ですよね?

ウイーンもそうですがヨーロッパの国々は美しい。

向こうから見ると、日本も美しいんでしょうか?

川端康成は自信を持っていたようですけど。

ともかく私の友達たちはまだコロナには侵されていません。

追記:Schifterさんから写真に注釈が届きました。

一番上の夜景はイタリアのマテーラで二枚目の面白い屋根の写真はアルベロベッロだそうです。

浅学の私をお許しください。

アルベロベッロ、なんだか面白い。

2021 Calendar

2020 年 11 月 7 日

2021 Calendar

もうカレンダーもやめようかと思いつつ、「今年はまだですか」なんて言われると、ついつい頑張ってしまいます。

1989年ゴルバチョフのソ連です。

この年にソビエト連邦が崩壊し、ベルリンの壁が崩れたのです。

ソビエトの人々、と言ってもモスクワとレニングラード(現在のペテルスブルグ)の人たちだけしか見ていませんが、そのシャイで控えめで親切な人柄にとても好印象を覚えた記憶があります。

同時にそこに住む人と政治とがこれほど乖離しているなんて、という感想をも持ちました。

トランプを見ていると、あの国のほぼ半分の人は彼を支持しているんだと、驚かされますが、会えばまた違う印象を受けるんでしょうか。

私の知っているアメリカ人は優しい人と権威主義的な人と両方います。

結局、それぞれなんでしょうかね、人は。

例によって、誤植、間違い等見つけられた方はご面倒でもおしらせください。

なぜか 石元泰博 ふう

2019 年 12 月 13 日

浜町公園

今にも雪の落ちて来そうな曇り空を写して白っぽく見えていますが、黒御影石の椅子です。

浜町公園のこの椅子の上に葉っぱのお札が何枚も風に飛ばされないように小石で重石をかけたまま置き忘れられてありました。

それを写真に撮ったら、なんだか石元泰博の桂離宮っぽくなりました。

石元さんといえば、亡くなった小川隆之さんから昔こんな話を聞いたことがあります。

超超売れっ子だった立木義浩さんが撮影を終えて帰る道すがら、彼は大きなリムジンに乗って後ろの席で足を伸ばしてのうのうとしてくつろいでいたそうです。

車が銀座通りを松屋の前に差し掛かった時、歩道をおおきな大きな「エイトバイテン」のディアドルフというカメラを三脚をつけたまま肩に担いでヨタヨタ歩く爺さんがいたそうです。

窓に寄って良く見るとそれが石元さんだったそうです。

後ろにはアシスタントがフィルムホルダーの入ったおおきなバッグを肩にかけてこれもヨタヨタ後についていたそうです。

これから撮影に行くのか、それとも帰りなのか、どちらにしても車にも乗らずカメラを自らの肩に担いで移動している姿に出会ったそうです。

それを見て立木さんは「俺は車降りて、石元さんに謝りたくなったよ」と、そんな話を小川さんに聞かせたことがあると聞きました。

「それを聞いて、小川さんどう思ったんですか?」とわたしが訊くと「俺でも土下座したかもね」と。

この話を聞いてわたしはなんだかいい話だなあ、と思いました。

それ以来、わたしは石元泰博さんの写真を見ると、いつも忘れていたものを思い出させてくれるような気がして、いい気分になります。

それと、石元さんのバウハウス仕込みの造形が好きなんです。

かっちりしていてスキがないのにどこか優しい写真が好きです。