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桜咲く

2018 年 3 月 17 日

有馬小学校の桜

有馬小学校の桜です。

もう七分咲です。

今日はまた冬に戻ったような陽気ですが、ここだけは春です。

実は人形町ではすでに満開を通り越して散ってしまった桜もあるんです。

人形町の藪蕎麦の桜がそれです。

木が細くて小さいので写真は撮らなかったのですが、小さいくせに相当早熟でした。

人形町界隈には連雀町の薮系統の蕎麦屋が二軒あります。

一軒はその桜のある人形町薮、もう一軒は入り口に火鉢が於いてあってその中に金魚のいる浜町薮。

人形町薮は町のお蕎麦屋さん然としていますが、そばは連雀町の睦会として二八の細切りで美味しいです。

浜町の方は昔ながらの蕎麦屋の風情が残っています。

何が昔ながらかというと、注文の品が出るまで、水も茶も出さない愛想なしです。

ただ愛想なしと言っても、上野の某蕎麦屋のように「水下さい」だの「お茶下さい」だのと言うと店主が出てきて蕎麦屋で何故水を出さないのかという能書きを滔々と述べ立てて、客に店のやり方を強制するような野暮はしません。

頼めば黙って水でも茶でも出てきます。

食事前に薬のむ人だって居るんですから、上野の蕎麦屋のやり方はどうもあまり頂けないでよね。

あと、テーブルに楊枝が置いてないんですね。

これは落語にもよく出てきますが、江戸っ子は蕎麦は噛まない、すすって喉越しを楽しむ、なんていわれから楊枝を置かないんですが、これだってご飯物を置いといてそれはないだろうと、思う人は思いますよね。

浜町藪は通路に花が活けてありますがその脇にそっと楊枝入れが置いてあります。

まあ、押し付けがましくなく、それでいて江戸っ子の粋がりに合わせているんです。

話は脱線しましたが、人形町情報でした。

なるほどね

2016 年 1 月 30 日

前回書いた中華料理屋ですが、我慢できずにネット検索してしまいました。

そうしてわかったことは、「人形町系」の「大勝軒」だということらしい、ということです。

「人形町系」と言うのは知りませんでしたが、昔人形町にあった大勝軒ならよく知っています。
母が好きで、よく一緒に行きました。
そこは中華料理屋なのに使っている食器がすべて和食器という変わり種でしてね、しかも今あるラーメン屋さんというか町の中華料理屋さんのように、一品でお腹を満たす系統の店ではなかったのです。
思うにその頃の芳町(人形町には人形町、芳町、浪花町がありました)はすたれて来ているとはいえ、まだ検番も料亭も藝者衆も居て、かろうじて花柳界の体をなしていましたから、飲食店は皆お座敷あすび(これ江戸弁ですね、祖母が使っていました。他にもじびた、とか、あいすくりん、とか)で、凝った料理に飽きたお客が藝者衆を伴ってちょっと外へ出てきてなにか軽くつまむという感じの店が多かったんです。
ですから、大勝軒もそういう感じで、食器はほとんどが染付で焼売なら小皿に三つとか、おそばも小鉢でほんの一すすりか二すすりで終わるような形にもしてくれました。
小人数(こにんずう)で行ってもいろいろ食べられるように工夫されていたんだと思います。
めったに笑顔を見せないおばさんが注文を訊くんですが、十品や十五品頼んでもメモも取らずに一度聞いたきりで間違いなく通っているという神業の持ち主で、愛想はないけれど感じは悪く無いおばさんが店を仕切っていました。
おいしかったですよ。
そもそも東京は「花柳界のあったところが食べ物は美味しい」というのが通説でしたからね。
近頃はそうでもないんでしょうが。

ま、そんなわけで、前回の中華料理屋の謎は解けたわけです。
人形町系と言うのは知りませんでしたが、日本橋も浅草橋もそれと知らずに入っていました。
しかし、人形町系とは言いながら、かつて人形町にあった大勝軒とは全然別物です。
あの雰囲気と食器とおばさんの三位が一体となって作り出していた「大勝軒」はもうどこにもないんですから。

昔の人形町、浜町にはそういう店が何軒もあったのですが、みんな消えてしまいましたねえ。
いくつか残っていますが、ネットでは紹介しません。
ネットに書くと、店が荒れるのでね。

偶然見た店から昔のことを思い出しました。

冬の雲

2016 年 1 月 25 日

水天宮

昨日の水天宮交差点。

もうほとんど完成、なんでしょうか?

結構気合の入った社殿になりそうですよ。

上空は風が強そうです。

根津神社の写真の著作権者から「いつまでも私の写真をさらしておくな」と言われたので、書きたいこともないのですが、無理やりです。

 

 

スーパームーン

2015 年 9 月 29 日

スーパームーン

夕べのスーパームーン見ました?

むら雲に隠れたり出たりしながら見る者を弄んでいましたが、夜中近くには雲はさっぱりと消えて丸い月が中天に輝きましたが、案外こうなるとつまらないものでした。

写真はもうすぐ出来上がりそうな水天宮の社とその上の雲間に見えるスーパームーン。

こういう写真はiPhoneではちと無理がありますね。

毎年のことですが

2015 年 6 月 3 日

紫陽花

人形町の通りにはたくさんの植栽があります。

その植栽の木の脇に、誰が植えたのか夏みかんの木や枇杷の木や薔薇の木などが別に植えられていて、中でも多いのが紫陽花なんです。

ガクアジサイやら普通のアジサイやらちょっと普通でないアジサイなどが植えられていて、それが毎年見事な花をつけるのです。

私はこの花を見ると若い時によく行った北鎌倉の明月院と萩原朔太郎の詩を思い出します。

 

こころをばなににたとへん
こころはあじさゐの花
ももいろに咲く日はあれど
うすむらさきの思ひ出ばかりはせんなくて

今年はひとしおこの詩が心に沁みます。

雨ですねえ

2015 年 4 月 14 日

ネコ

かつては11匹も来て遊んでいた猫達がとうとうこの子だけになりました。

毎日来て水を飲んで、カリカリを食べて、ドアが空いていればいつまでもここでなんとなく過ごしているのに、目は常に用心を怠りません。

誰が彼をこんなに用心深くしてしまったんでしょうね。

誰かが決定的に人間不信に陥る仕打ちをしなければ、こんな目にはならないはずです。

浜町公園の猫達はこちらがしゃがめばすぐに寄ってきます。

人形町二丁目の猫だけは何故こんな目をするんでしょう。

こんな目をするのは彼の責任ではないはずです。

なんだかやるせない目ですよねえ。