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なんか色々

2019 年 5 月 4 日

猫

 

何年か前にも書きましたが、私のスタジオの周りをテリトリーにしている猫が多いときには11匹居たんです。

ただ、生き物ですからゴミを漁って収集袋を破いたり、排泄をしたりと生き物の摂理で色々あります。

それを嫌う町内の人の要請で、すべての猫に避妊手術をしました。

費用は役所が出して、トラップは町会の有志が行うことでそれは終わりました。

ことは猫に関してですが、こういうことは私に「優生保護法」なんて法律を思い出させます。

あちこちうんちをしたり、ゴミ袋を漁ったり、いかにも野良猫は悪者然としていますが、生きていく上でそれは仕方がないことなのです。

悪いのは猫ではなく、内猫を飼えなくなったからといって、外へ放り出した人間が悪いのです。

ヤンバルクイナを絶滅に追い込んでいるのも猫が悪いのではなく猫を天然記念物の生息しているところへ放り出した人間が悪いのです。

ですから、悪いやつを取り締まるのなら猫ではなく猫を捨てた人間を取り締まらなくては。

殺処分するなら、猫を放した飼い主を殺処分しなければ、、、

ま、そんなわけには行かないので、猫にとばっちりが行くわけですね。

スタジオ周りの11匹の猫は今この一匹だけになりました。

それもここ四、五日水も飲みに来ていなかったのですが、今朝久しぶりに姿を見せましたが、毛並みが荒れて元気がなく、水も覗き込むだけで飲もうとしません。

猫エイズが流行ったとこきもそうでしたが、こういう猫を医者に連れて行く有志がいるのですが、このキジトラだけは人に体を触らせません。

したがって医者にもかからず、自らの治癒力で困難を乗り切ろうとしています。

果たしてどうなることか。

偶然のことですが、時を同じくして私にも異変が起きました。

もう40年以上、一日たりとも抜いたことのないアルコールを既に10日ほども摂取していません。

禁酒とか断酒とか、意志によってアルコールを遠ざけたわけではなく、ごく自然に飲まなくなりました。

欲しくもないのです。

体調が悪くて飲めないというのでもありません。

アルコールの方から私を遠ざけるように離れていったのです。

不思議な事があるものです。

なんか、色々ありますが、無理なく生きていることだけは確かです。

絶対非演出の絶対スナップ

2018 年 5 月 21 日

東京スカイツリー

散歩中の写真。

きのうのスカイツリーを撮った場所から振り向いて撮りました。

なんだかニューヨークの摩天楼をダウンタウンから覗き見ているような(行ったことありませんけど映画のワンシーンでよく)絵面になりました。

が、なんか変でしょ。

トンネルビューの向こう側が露出過剰気味だったのでそこだけ明るさを抑え逆に橋桁や手すりの暗いのを持ち上げ、そうしたら当然コントラストがなくなったので、明瞭度を少し上げました。

だから写真が不自然でなんか変。

土門健は言いました。

「絶対非演出の絶対スナップ」宣言の中で。

「絶対非演出が現実そのものに直結し、絶対スナップがカメラとモチーフを直結させる」

フレーミングがそもそも演出ではないのか、という議論はさておいて。

言葉は分析して理解しようとせず、発した人の心情を受け止めるようにすれば、胸に落ちます。

この土門拳の言葉を金科玉条に写真を撮っていた時期があります。

今になってみれば、その時期があってとても良かったと思えています。

同時に母から言われた一言も忘れられません。

「古寺巡礼」写真集を見ていた私の後ろを通り過ぎた母が、ちらっとその写真集を覗いて「あんたにはそういう写真は撮れないよ」

今、親の年齢を越えて思うのは、親は子供をよく見ているな、という思いです。

土門拳は私には巨星です。

メッシに会った(ボロフスキー風に)

2018 年 2 月 21 日

背の高い(?)金髪の(?)メッシに会った。

千駄木の団子坂下の交差点で。

信号が青に変わると、まっすぐに谷中の墓地の方へ駆けて行った。

「夢を見た」のかな。

いつの間に

2018 年 2 月 13 日

足下に春が来ているのに気が付きませんでした。

小網町と兜町の境目、日本橋川に架かる茅場橋のたもとにある紅梅が咲いていました。

排気ガスを四六時中浴びているせいか「薫り立つ」とはいかないんですが、色は鮮やかな紅で見事です。

この分だと永代橋のたもと、佐賀町寄りの紅梅も咲いているかもしれません。

近々そのあたりを歩いてみます。

風の強いジャンプ台と寒い都心に春を忘れていましたが、来てますねすぐそこまで。

春よ来い!

ぐるぐる巻きの郵便受け

2018 年 2 月 11 日

根津の散歩コースにある郵便受けです。

シュールというかサイケと呼ぼうか、ともかくこれで現役です。

谷根千一帯は言わずと知れた寺町で、そこに若者文化と古い町並みが混在して独特の雰囲気を醸しています。

原宿も古い木造アパートと最新若者B級文化が混在してますが、こっちのほうが落ち着きがあります。

まあ原宿が美術手帖とすれば谷根千は芸術新潮、と言った感じです。

よくわからないたとえですけど。

このポストや恐怖のサボテン寄せ植えなどかなりキワモノ的なオブジェ(?)があったりするのはこの町の面白いところです。。

来年のカレンダー

2017 年 10 月 27 日
清澄公園

清澄公園

わづかに色づいてきましたが、黄葉はまだ先のようです。

落葉はもっと先になりますね。

クリスマスの頃になればこの辺り一面落ち葉が散り敷いて、それを踏んで歩くとカサカサと音がしていい気持ちです。

雪を踏むときの音と落ち葉を踏むときの音が好きです。

来年のカレンダーはモノクロームの写真に棒玉になる予定です。

小さい上にますます読みにくいカレンダーになりそうです。