数字

 

清澄公園

清澄公園

1.19  4.28  6.15  10.21  まあ、他にも様々あるんですが、この数字を見てこれが何を意味するかピンとくる人はもう皆いい年になっているんですねえ。

急にこんなことを思ったのは、夕べNHKのSONGSで中島みゆきの「世情」を聞いたからです。

わたしはなぜか歌謡曲には保守的で、吉田拓郎も中島みゆきも忌野清志郎もそのヒットしている時にはあまり感じなかったのです。

尤も彼らの全盛期には岡林信康や高田渡がまだいて、私達は彼らにシンパシーを感じていたからでしょうね。

拓郎や中島みゆき、忌野清志郎の扱うプロテスト、反抗、抗議は我々には扱う世界がちょっと広すぎたのです。

もう少し狭い世界を扱う岡林や高田渡が良かったんですねえ。

でも彼らが扱う世界は狭すぎて、同時代のコアな人々にしか深く突き刺さらなかった。

拓郎や中島みゆきや忌野清志郎などのもっと広い世界でプロテストする歌詞が結局、より多くの人々の胸の中に残っていったということでしょうかねえ。

そして一部のコアな人達がそのコアな状況から時を経て、物事をもう少うし高いところから眺められるようになってから、その広い世界を扱うプロテストソングに耳を傾けられるようになった、ということなんじゃないでしょうかねえ。
ま、わたしのことですけど。

拓郎は集会で「帰れコール」を受けたことがあるんですからねえ。

今では拓郎ほどのプロテストさえする歌手はいませんものねえ。

わたしの知らないところで居るのかもしれませんが、彼らが凄いのはプロテストソングをヒットソングにまで持ち上げる力があったことです。

抗議はいつの場合も少数者の声の小さい意見ですが、それを彼らは抗議などしていない人達の心にまで届けることができる。

才能でしょうね。

余談ですが、桑田佳祐が勲章もらうんですね。
彼はプロテスト・ソング歌いませんものねえ、ミタイナノは歌うんですけど。
権力はよく見ていますね、その辺り。
アハハハ、余計でしたね。

朝の清澄公園に見えますが、日中です。

Tags:

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です