中川政昭氏の死を悼んで

去る7月18日 月曜日 午後一時二十九分 このホームページのLinksでもご紹介の中川政昭氏が亡くなられました。脳出血。61歳でした。
私は工科系の大学を中退して写真の世界に入りました。つまりアマチュア上がりです。時代が怒っているような、若者が既成の全てにNOを突きつけているような時代でした。日宣美が解体され写真家協会にも矛先が向けられていました。皆さんのご推察通り付和雷同、軽薄な私は確たる信念もないままに、その風潮に染まっていました。親分もなくコネもない私がナントカ写真界の片隅に身を置いて糊口を凌いでこられたのはひとえに友人や知人に恵まれていたからだと言えるでしょう。長くやっている間に写真界の大御所たちとも知り合いになり、協会にはいるように誘われたこともありました。しかし付和雷同、軽薄、軽はずみの結果とはいえ、青春時代に本気で否定したものに、年を経てから参加するのは自分の過去を否定してしまうようで出来ませんでした。結局、今でも何の後ろ盾もないアマチュアに毛の生えたようなままの生活ですが、中川さんはそういう私に親切でした。彼が桑沢デザイン研究所を退職されてからはじめた大判カメラの為のワークショップにあろうことか私を講師に呼んで下さったこともありました。バックグランドや肩書きにこだわらない、じかにその人を見て付き合いをはじめる人でした。いま横浜のパストレイズギャラリーで個展を開催中ですが、役者で言えば、舞台の上で往生したようなもので、ある意味本望であったかもしれません。亡くなる一日か二日前に電話でお話をしたばかりでした。「このごろ、疲れる」と仰ったのが耳に残っています。ユニークな仕事をされて、大勢の生徒を世に送り出した伯楽の死を悼むと共にご冥福をお祈りしたいと思います。

合掌。

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