た・の・し・い・ねぇ

「かまちゃん」
「え?」
「たのしいねえ〜」

東京湾の波の上で小さな釣り船と共に波にゆられながら、その人の言った言葉です。
季節はいつ頃だったか、ただそれを言った人の満面に笑みの浮かんでいたことが強く印象に残っています。
年も近い、女親に育てられたこと、その親を既に見送っていたこと、仕事も互いにフリーの根無し草。
収入もそこそこ一緒。
趣味は互いに、釣りをすること。

「撒き餌はいけないね!」
「撒き餌はいけない。でも、餌釣りだってやめろって言う人も居るよ」
「えさつりはいいさ」
「どうして?」
「魚食べるからさ」
「……」
「キャッチアンドリリースはいけないよ」
細かい説明はしない。
キャッチアンドリリースというのは、一見魚にやさしいようで実は魚をいたぶっているに過ぎない。
魚に優しい人は、始めから釣りなんかしない。
釣るからには食べてやるのが供養だ。
私は勝手にそう解釈していた。

海の上でいろんな話をした。
仕事の悩み、親不孝の話、少し親孝行の話、女の話、健康のこと、もちろん互いの仕掛けの自慢も。
そういう色々なことの話の上に、出た言葉が「たのしいねえ〜」だった。

韓国から日本に来て、キーセンクラブで働いている人を女房にして、周囲から激しく反対された。
それでも彼はその子供まで日本に呼び寄せて、中学高校と通わせ、梨花女子大学を卒業させた。
キーセンクラブで働いていた人はノグっちゃんの女房になってから、本来目指していた牧師の資格を取り、とうとう福生に教会まで開いた。

その教会で彼は女房と子供と大勢の在日と韓国からの出稼ぎの人と、僅かの日本人に送られて逝った。
「パッチギ !」を逆に行った人生だった。

ノグチ芸美、その人の名である。
どうぞ安らかに。

“た・の・し・い・ねぇ” への2件のフィードバック

  1. yasmin より:

    ご無沙汰してます。
    先日、2/5の日記を拝見したとき、アップされてる写真に何となくカーソルを合わせたら、「Noguchi」という文字が、、。
    実は、わたしも、野口さんには忘れられない思い出があります。
    プライベードな内容なので、詳しいことは書きたくないのですけれど、曙橋のお店で野口さんと雑談しているとき、わたしがフッと一言だけ本音を言ってしまったことがあります。
    (何を口走ってしまったのか?はどうか堪忍してください。)
    そうしたら、野口さん突然真顔になって、わたしの顔というか目をじっと見つめながら、
    「君はね、最後の最後にはきっと救われる人だから、安心しなさい」
    とおっしゃったんです。
    彼のあんな真面目な表情を見たのは初めてで、わたしには、ちょっと意外でした(失礼しました^^>野口さん)。
    あのときの野口さんの言葉、わたしが弱気になったとき、なぜかよく思い出します。そして、「気を取り直さなくちゃ」という気持ちにさせてくれます。

  2. カマ より:

    yasuminさま
    ノグチさんはまじめで聡明で熱心で温かい人でした。
    外貌と語り口と話題が普段それを覆い隠していましたが、
    奥さんと娘さんとわたしは親しくそれ接していたわけですが、
    そこに、yasuminさんもそういう思いを抱いていたことで、
    彼は彼の言う天国で、にっこりしていることでしょう。
    その場所が何処なのか分からないのですが。
    キリスト者でありながら舟が釣り場に着くと、お清めの御神酒を撒く人でしたから(笑。

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