なぜだかわかりません、、

隅田川の夕景

このホームページをブログに移行中ということは以前に書きましたが、
その作業をしているとかんじんのこっちへ、なにかを書く意欲が損なわれます(村上春樹を読んでいるので、「損なわれる」が口をついて出てきます)。
なぜだかわかりません。

むかし、東大全共闘の山本義隆という人が自分の起訴された裁判の法廷で、冒頭検事によって読み上げられた検事調書の文法的に齟齬をきたしている部分、論理的に矛盾している部分を極めて明快に指摘したことがありました。
これは裁判的には、つまり裁判官はそれを重大なこととは捉えなかったのですが、突っ込まれた検事は生涯忘れられない傷を負ったと私は考えています。
東大を出て、司法を試験に受かり検事の道へ進み、当時としては時代の牽引者であった人物を担当したわけで、
いわばエリートが法廷という万人に開かれた場で、自らの論理破綻を指摘されたわけです。
検事にとって論理は生命です。
人は言葉によってものを考えますから、論理が破綻していると言うことは、考えが破綻していると言うことでそうであればその起訴の根拠が揺らぐと言うことですから。
しかし、その裁判はそのことに何の躊躇もこだわりも見せずにすすんで、山本氏は有罪判決を受けました。
ここに、法律と裁判がそれ自身に内包している矛盾があります。

私が何を言いたいか分かりませんね。
その内お話しします。

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