また一軒、古いお店が

八百屋が閉店古い八百屋さんです。昔はおじいさん二人でやっていた八百屋さん。品物が良くて、繁盛していました。そのおじいさんの片方が病気で亡くなるとじきにもう一人の方も引退。代がかわりました。でもほかにも変わったことがあります。品物が少し、変化したのです。すると目に見えるようにではないのですが、櫛の歯が少しずつ欠けていくように客足が遠のいてゆきます。そうして十年ほどして、後を継いだお父さんも病気がちになり太って立派だった体格が、次第にやせ衰えてゆきました。仕入れは息子さんがするようになった。また少し扱う品物に変化がありました。またお客さんが引いてゆきます。そんなときにわれわれぐらいの年代のご夫婦の八百屋さんが、朝の六時ぐらいから、くだんの八百屋さんが店を開ける九時ぐらいまで、50メートルほど離れた道路に軽トラック満載の野菜を売り始めました。新鮮、安い、元気、愛想がいい、フットワークもいい。という仕事の仕方。その車のおいてある場所で売るだけでなく、奥さんが自転車であちこち配達して回る。毎日、ほとんど売り切って、件の八百屋さんが店を開けるころに帰っていく。仁義は立てているんですが、町内の八百屋さんが店を開けたときには、町内のお家にはすでにその日使う野菜は、台所にある、という状態。それが数年続いて、上の写真になりました。こう書くと実にわかりやすくそうなって当たり前のように思われるでしょうが、そういう変化はあとになって、振り返ると、そういうことだったんだよねえ、といえるほどの、僅かな変化の積み重ねでした。
毎年決まって頼んでいたものが、らっきょ。大粒の砂らっきょうを5キロ。桜が終わったころに、歩いていると必ず声をかけられました。「カザマさん、今年も五キロでいいの?」 暮れに買う葉付きのミカン、冬の風邪対策に用意しておく大きいひね生姜、、、。昨年の青山の展覧会には娘さんと腰の曲がったお母さんが二人揃って見に来てくれました。「カザマサンのおかげで、こんなおしゃれな町に来られた」と言ってました。冗談ではないのです。本気でそういっているんです。お母さん、いつも息子さんを叱っていましたから、歯がゆかったんだろうと思います。”自分で買い出しに行ければ”、そう思うこともあったでしょう。
年が明けた三日の日、店の前を通ると何か盛んにものを打ち付ける音がします。いらだたしい音です。大きな音で誰かがものにあたって騒いでいるというのではなく、力なくものを打ちつける音なんですが、そのリズムがそれをしている人の身内の苛立たしさを表している、というようななんともやるせない響き。悪いと思ったんですが、半分まで閉めてあるシャッターをかがんで中をのぞきこむと、腰の曲がったおかあさんが里芋やジャガイモを入れて店先に並べていた板作りの箱を、打ち壊しているんです。寂しさがそのまま伝わってくるような行為でした。「どうしたんです?」わたし、こういう時大概は見てみないふりで通り過ぎます。が、この時は声をかけずにいられなかった。するとおかあさん、黙ってシャッターを全開し、写真の張り紙を指さしました。わたしは三日間この張り紙に気付かず通り過ぎていたんですね。「え、?、そうなんですか」おかあさん黙っていました。ただ一度頷いただけ。悔しさも寂しさも何も表さないで、ただ頷いた。で、どうするんですか?なんてとても訊けない。わたしもただ「そうなんですか」とだけ言ってその場をあとにしようとしたら「カザマサン、ちょっと待って

奥から持ってきて、このペーパータオルをくれました。毎年お年賀に、手ぬぐい代わりにおかあさんが配っていたもの。黙っていただきましたが、使えないですよね。
商売は競争だから、これはもう仕方がないんだって言えば、言えますけど。そんな分析は無用ですよね、誰もなぐさめないし、誰もあたためない。ぼくはおかあさんになんの慰めの言葉も言えなかった。ですから、今日まで書けませんでした。

ペーパータオル

このタオルで寂しさを拭き取ることができるならって、思ったんですけどねえ。我が行く末に重ねると、思いひとしおです。

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