一周忌

日本橋交差点きょう、午前11時半頃の日本橋交差点から神田方面へ向けて一枚。意味はありません。きょうのタイトルにも関係はありません。絵日記なので、何かないとと思ったわけでして。箱根駅伝は、ここを写真手前から走ってきて左に折れて、読売新聞へ向かうわけです。今信号待ちしている車の、いるあたりは黒山の人だかりになります。
さてタイトルですが、昨年急逝された中川政昭さんの偲ぶ会一周忌に昨日行ってきました。16人ほど、銀座で。わたしが知っている方は僅かに三人。皆さん何らかの形で写真に関係しておられるか、桑沢デザインの関係者。まあいろいろな話が出ましたが、皆さんに共通していることは、故人の長電話の思い出。かけてくれば一時間はお付き合いさせられました。
中川さんはいわゆる芸術家です。わたしのような写真職人ではなくて、はっきりとアートを目指していた方です。ピンホールの8x10カメラで座禅している僧侶を30分もシャッター開け放しで撮ってみたり、きてれつなヌードを撮ってみたり、そのネガを瓶の中にシリコンで封印してみたり、ガラス乾板で撮影したネガを印画紙の上で砕いてしまい、それに露光を与えるという写真やら、職人には意味不明の作画方法をとる方でした。ある時若い写真家志望の女性を中川さんの展覧会にお連れしたことがあります。ヌード展でした。裸の女の口からホースが出てそれがヴァギナに入っていったり、アヌスに突っ込

まれていたりします。それを撮った4x5のネガに熱をかけてネガをスルメみたいに焼いてしまいます。当然反り返ったネガは立体になって、そのままでは引き伸ばし機にかかりません。ですからそのネガを印画紙の上に置いて遠くから点光源で密着します。まあ、フォトグラムですね。そうして何枚か作ったあとは、瓶にシリコンで封印するわけです。そのことに意味があるとすると、もう二度と焼けないということでしょうか。つまり焼いた何枚かには希少価値がつくというわけです。でも、世の中の様々な価値のうち、希少価値ぐらい表現から遠いものはないと思うんですが、芸術を目指す写真家は例外なく希少価値を写真に与えようとします。写真は複製できるところに意味があるんですが、それを拒むんですね。まあそんな話しは置いといて、その展覧会に連れて行った女性は、一言「中川さんて、女の身体をこういう風にしか見ないんですね」これは中川さん、予想もしない感想だったでしょうね。その女性は物怖じしない、率直にものをいう人だったのです。その展覧会が朝日新聞の文化欄で写真入りで大きく扱われたことやツアイトというギャラリーが強く支持していることなぞはまるで眼中になく、見て、感じたままを、てらいなく作者に向けた。実はわたしも女の尻からでたホースが口に入っていく写真になんの意味があるのか分からなかったんですが。もちろん中川さんに女性蔑視の意図など毛頭なく、女をおもちゃにしようなどという気持ちもなかったでしょうが、素直に見ればこういう意見も出てくる。学校で教えていましたから日常学生はこれほどはっきり否定的な意見は教師向かって言いません。それが面と向かって、しかも馬鹿にしたり、軽蔑したりといった響き無しに、言われたんですからかなりこたえたろうと思います。中川さん、絶句したまま言葉が出てきませんでした。その女性はその後、建築家と再婚し子供をもうけ、写真を続けています。
ここまでは前段です。この日面白かった話しは中川さんのお弟子さんの話。先生に良く尽くして、わたしがお手伝いしたワークショップなどでもいろいろ手伝ってもらいましたがその彼の話。
中川さんという方は小さい方ではありませんでしたが、それほど巨大な体躯というわけでもなかった。中肉長身といったところでしょうか。それが亡くなって荼毘にふされて、骨壺に入れてみたら入りきらない。骨太だったんですね。うちのお婆ちゃんという人も明治女で骨太で、おんぼうが骨壺をお茶の缶みたいにとんとんたたいてましたが、中川さんはそうしても入りきらなかったということらしい。仕方なく入らない分は別に持って帰ってきたんでしょうが、ある時そのお弟子さんが中川さんの奥さんに頼まれて、先生の遺品の整理に伺ったらしい。すると奥さんがにこにこして「あれ、良い入れ物が見つかったのよ」と。もちろん「あれ」とは骨壺に入りきらなかったカルシューム。奥さんが見せたのは、生前中川さんがいろんな作品をシリコン封印していた瓶、それが余っていたんですね。瓶の中に白い彼の骨が入っていたそうです。つまり彼、最後に自分を封印しちゃったていうお話し。

あらためて、ご冥福をお祈りします。

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