青いテント

新大橋から浜町側を望むと青いテントが沢山見えます。上を首都高がはしっていて、まっすぐ降る雨には庇が出ている格好になって雨よけが出来るからでしょうか。ここにはちょっと前(十年ほどでしょうか)にはテントはなかったのです。川をもっと上って浅草の方まで行かないと見られなかったのですが、段々に川を下ってきました。浅草の方の人達が移ってきたとと言うわけではなさそうです。向こうはむこうで増えているんですから。と言うことは失業した人達が増えていると言うことでしょうね。見ているとみんな勤勉です。テントのまわりもきれいに整理されていますし、不法行為とされてはいますがアルミ缶などの回収やそれをつぶして袋づめの作業とか熱心にやっています。仕事に就いていたときもきっと勤勉な社員たちだったのだろうと想像できます。ちょっと気が利かなかったり、ちょっと周りと合わせることができなかったり、ちょっと人がよすぎたり、ちょっと、とたぶんとるにたりない差でここにいたりするんだと思います。
思えば就職まで内定していた大学を中退して、写真に入ったときからいつも覚悟はしていました。食べられなくなるかもしれない、そんな恐怖を押しのけて僕を写真へ駆り立てたものは一体

ナンだったのだろうと思います。人って不思議ですよね、不利だと分かっていてもそれをせずにいられないときがある。そういう内から突き上げてくる感情って、不思議ですね。この頃、そのときの気持ちを忘れることがあるんです、慣れっておそろしいですよね。それが作るものにすぐ反映するんです。でも本人には分からない。廻りはみんな気づいても。
僕が写真で生計を立てると宣言してしばらく立ったころ、自宅で土門拳の「古寺巡礼」を見ていたとき後ろを通りかかった母がちょっとのぞき込んで一言「あなたにはそういう写真は撮れないわよ」。そのときはさほどに思いませんでした。「そりゃそうさ、だってこれは土門拳だもの」という程度だったんですが、この母の言葉は僕の一生をたった一言で言い当てていました。いまだに小刀細工の写真ばかりでおそるおそるの表現から抜けられません。「なにも足さない、なにも引かない」じゃありませんが、ああいう土門拳のような撮った写真を放り投げて「どうだ、俺の精神も肉体もみんなこの中にある!」といわんばかりの表現はできません。大江健三郎が若いときにドストエフスキーがいるのになぜ僕が小説を書かなくちゃいけないんだ、と自問することがあると書いていましたが、大江ですらそうなら僕ではなおさらなのかもしれません。

隅田川の青いテント

突然ですがここあまり露出しませんね。「スコット」浜町にあります。

スコット

座敷で、箸でフランス料理を食べます。要予約ですから、ご注意を。決して安くはありません。

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