2020 年 4 月

コロナヲヨケテ

2020 年 4 月 29 日

隅田川

「アベノマスク」はいまだに届きませんが、幸いにしてわたくしはいまだコロナに感染しておりません。

昼飯は大概近所の立ち食いそばで済ませていますが、頼むものは決まっていて、かけ蕎麦にゲソ天(大きな烏賊のゲソをぶつ切りにしてかき揚げにしたもの)をのせてもらって290円。

でも、小池さんが三密を避けろとおっしゃるのでそれもやめました。

私一人が食べるのをやめたからといって、ましてや290円ぽっちで、そば屋が困るものでもないでしょうが、チリも積もると中々苦しいのじゃないかと思うと、ちょっと心が痛みます。

写真は隅田川に浮かぶ魚、二枚は別の魚です。

1日に2匹浮いていたということです。

魚種は鯉だろうと思います。

鯉は相当汚い川でも生きていけますから、川の汚れで浮いたわけではないでしょう。

強い風が吹いたので上流で酸素の少ない水がかき混ぜられて上へ上がったのかも、あるいは他の理由が?

それから、何度もしつこいので書くのをためらっていたんですが、隅田川から都鳥は消えました。

全て渡りに旅立ったのでしょう。

なんとなく寂しい気持ちになりました。

今は大きい鵜とカイツブリみたいな小さい、水に潜って魚をとる黒い鳥とアオサギが来ます。

私の子供の頃は夕方に盛んに飛んでいた蝙蝠は今は見ることがありません。

 

結構辛い、ユリカモメ異聞の2

2020 年 4 月 21 日

ユリカモメ1

ユリカモメ2

わかりにくい写真ですみません。

以前書いた「ユリカモメ異聞」でユリカモメに頭の白いのと黒いのが居て、それは雌雄だと思っていましたがそうではなかった、ということを書きましたが、今朝の散歩コースのユリカモメ、結構な数が居たんですが、頭の白いやつは一羽も見られませんでした。

ということは渡の日が近いということでしょうか。

そういえば、マガモはもう一羽も姿がありません。

みんな渡ってしまったんでしょうか?

思えば70年以上ユリカモメの頭が白から黒へ変わって居たことに気づかないで居たような散漫な注意力で、人の胸に刺さるような写真が撮れるわけもない。

今になって振り返る無意味な人生をそれでも誠実に生きて行くのは結構辛いことですね。

「アベノマスク」を笑って居た自分はそこにすら届いていなかった。

何ともはや、、、

コロナ クルナ

2020 年 4 月 15 日

今半マスク

こんなものが我が家のポストに入っていました。

これだけでは何のことかわからないですよね、実は前日こんな記事がありました。

https://nihombashi.keizai.biz/headline/1843/

そういうわけで、人形町の高齢者である私にもマスクをくださったわけです。

「アベノマスク」は未だに何の音沙汰もありません。

今半とは地続きで駐車場借りたり何やかやで普段からお世話になっているんですが、こんな事までしていただいて恐縮です。

記事によれば、お客が減って、とありますが、それは多分ステーキやすき焼きを提供している料理屋の方だろうと思います。

なぜならお肉屋さんの方はいつにも増して行列ができているからです。

「みんな外食できないから、自宅でプチ贅沢なのかね」なんて思っていたんですから。

免許証

で、さらにコロナのせいでこんなものも貰ってきました。

私四月で車の免許証更新なんですが、ネットで更新手続き中止という記事を見たもんですから、所轄の久松警察へ行って免許の更新と運転の延長をして貰ってきました。

優良運転者なので、人より長いこの更新を最後にしようと思っていたんですが、、、

ま、ともかく、いろんなところにコロナの影響が出ているようで大変です。

我々写真を生業とする者は現場へ行かなければ仕事になりませんからね、大工、左官、鳶、なども同様で、現場仕事の方々くれぐれもお気をつけて。

同じ現場仕事でも農家はこんな時はいいですよね。 ただ天候には悩まされているんでしょうけど。

何はともあれ、いつまで続くかわからないたたかいを戦わなければならないわけで、お互い用心しながら日々を過ごしてまいりましょう。

 

爪に火を灯してビフォーアフター

2020 年 4 月 9 日

ビフォー

アフター

上の写真は随分前にも載せたことがある「佐伯祐三ちっく」な味わいのある壁。

何を隠そう我が家の裏の壁でした。

下がその趣のある壁をサイディングとやらで全面覆ってなんとか補強した訳ですが、結果、味もそっけもないただの壁に成り下がりました。

上の壁が佐伯祐三チックになったのは自宅を改造して一階をスタジオに作り変えた時、下町の家々の立て込んだ裏側の壁で、避難路として空けてあるにはあったんですが、普段人も通らなければ通りから見えることもない、通るのは野良猫とネズミぐらい、それも夜中のことですから、幾らかでも改築費用を安くあげようというさもしい魂胆で此処には触らなかったのです。が、この辺りも日本橋再開発の端っこですから、しかも住んでいるのは年寄りばかり、都心の過疎地化しています。

この駐車場になっているところにあったお家もそんな事情か家主がいなくなりました。家主が消えて家まで消えたら、まともに佐伯祐三が顔を出して、上の写真のようなことになった訳です。雨も風もまともに当たるようになって、私が心配するより近所の方が崩れやしないかとハラハラする始末。

趣があるだの佐伯祐三チックだのとムリムリやせ我慢、負け惜しんでいたんですが、とうとうこの度手をつけました。

悩みましたよ。

それでも近所が怖がる壁を放っても置けず爪に火をともすようにしてこさえたなけなしで、ビフォーアフター。

こんな事を言っては工事をしてくださった方々に申し訳ないのですが、工事代金を振り込む時に胸に浮かんだ「もったいないなあ」という思い。

「これだけあればカメラとレンズ新しくしてワンセット組んでもお釣りがくるなあ」という計算。

全くお恥ずかしい限りです。

今から心を入れ替えて、真面目に精進致します。

とりあえずは九月の個展目指してまいります。

それまで皆様、お互い元気で過ごしましょう。

不要不急の無駄遣いもひかえましょう。

見えているテレビアンテナは我が家のものではありません。

誰か相当高くアンテナ張ってるんだわ、初めて知った。

ユリカモメ異聞

2020 年 4 月 7 日

浜町公園

今朝の浜町公園です。

少し暖かくなってくると忘れ物もふえてくるようです。

大人のキャップと子供のスニーカー。

で、この公園を突っ切ると隅田川へ出ます。

その河原が堤防で仕切られた内側が、遊歩道になっています。

両国橋から永代橋までは隅田川へ注ぎ込む支流がないのでずっと上の道路に出ずに歩けます。

これが大体2キロぐらい、行って帰ってちょうど一里。

それが私の毎朝の散歩道です。

コロナが無くとも展覧会以外そのほかのところへは滅多に出かけないので、「半畳記」はどうしても隅田川周囲の話になるわけです。

もともと世の中の狭い私ですが、近年それがさらに狭くなっているようで、これでいいのかしらんと思うことしばしばです。

さて、なのでまたまた川関連の話なんですが、まだまだ隅田川にはマガモとユリカモメがたくさん浮いています。

マガモは全身黒っぽいやつと薄いねずと濃いねずがコンビのやつといますがこれはオスとメスの違いでどちらもマガモなんでしょう。

一方ユリカモメですが今の時期これが全身真っ白なやつと頭が真っ黒な奴がいて、これも私はずっと雌雄の違いだろうと思っていたんですが、なんと、これは白い奴の頭が黒くなったんだそうですね。

70年以上生きてきてそのことを今朝初めて知りました。

なんか今朝はオスが多いな、と思ったわけです。

頭の黒い方を勝手にオスと思っていたんですが、それでふと携帯でググって見たら、あらいやだ、全然違っていたんです。

川に来るかもめはウミネコとセグロカモメとこのユリカモメです。

「都鳥」なんて呼ばれて美空ひばりの歌にも出て来るユリカモメが実は渡鳥で他のカモメが留鳥なんだそうで、どうも命名に平等意識が欠けているような。

それはともかくとして、この渡鳥であるユリカモメが渡りの時期が近ずくと頭が黒くなるそうなんです。

驚いたなあ、世の中には知らないことが多すぎる。

鳥の写真撮ったり「日本野鳥の会」の人たちなんかには常識なんでしょうが、浅学菲才の私は今朝までそのことを知りませんでした。

忘れ物した子供と大人を笑っていられる立場じゃなかった。

そんな訳で、みなさま「コロナ」にはお気をつけあそばせ。

個人的なこと

2020 年 4 月 2 日

さくら

今朝の浜町公園です。

ちいさな公園に若い桜の木が何本かあります。

オオシマザクラ、ソメイヨシノ、ヤエザクラ、シダレザクラと一応揃っています。

今朝からの風でもまだ割としっかり枝についています。

実は親しい友人が昨年の夏に倒れました。

たまたま倒れた時に一緒にいたので、救急搬送に同乗したり、その後の病院の手配やら、その友人が五十年続けていたお店の廃業手続きやら、片付け、親しく足を運んでくださった方々へのお知らせと挨拶等々することが山ほどありました。

倒れた時にすでに人事不省、左半身麻痺、長くはもつまいという聖路加の医師の診断。

連れ合いをすでに亡くされていたので、妹さんと私とでさまざまの事に対応したのですが、二度と意識の戻ることはないと言われ、明日逝くかもしれないし、半年先になるかもしれないとの曖昧で気持ちの決まらない時を過ごす日々を重ねてきました。

ですが幸い、搬送された時の絶望的な状況からいくらか小康を保って自立呼吸で眠っている容体まで、安定しました。

そうはいっても、当時は来年の桜まではもたないと思われていましたが、その桜ももう散り始めています。

今はコロナの影響下で病院には一切見舞えませんが、そして本人の生前の意思通り最低限度の延命処置にも関わらず、日々穏やかに息をしております。

身近にこういうことがあると、景色や花や生き物やを見る目が変わります。

人間はその場に立たされてみないと身につまされてものを考えないので、今になってこの50年の付き合いの中でこの人が示してくれた友情を感じています。

元気な時に何分の一かでも返せていたらとも思います。

今更言っても詮無いことですが、その人を知っていてくださる方々へその後の様子と今も穏やかに眠っていることをお知らせしたくて書きました。

櫻花狂おしこの春ひとしお   藤田くみ子