2014 年 10 月

マウンテンパーカー

2014 年 10 月 28 日

今から30年ほど前に着ていたマウンテンパーカーです。
当時日本で着ている人はあまりいなかったメーカー「BERT PULITZER(バート ピューリッツァー)」のマンパーです。

APのカメラマンが着ているのを見て、どこで買ったのかと訊いたら、日本だという。
だけど、どこで買ったか忘れたと言うんです。
今と違って簡単に「ググる」というような検索手段のない頃ですから、ちょっとお手上げでした。
ところが別の取材先で、今度はAFPのカメラマンが同じものを着ていた。
おまけにその人は買った店を覚えていたので、わたしも手に入れることが出来ました。

秋、冬、早春と10年ほどはこればかり着ていました。
が、ご覧のように大分しょっぱくなってきたんで、もう捨てようかなあと思っているところへ、KODAKからお洒落なマウンテンパーカーをもらいました。
で、そっちへ移ったんですが、このバート ピューリッツァーのマンパーがどうしても捨てられない。
で二十年ほどタンスの中に眠っていたんですが、ひょんなことからそれが再びわたしの目に触れました。

ずいぶん時を経ているのに生地はまだしっかりしています。
ゴムけているところもないし、もう一度これを着たい、と思ったわけです。
なんでも捨てるくせに、気に入ったものの物持ちはいいんです。

思い切ってこれを黒に染めてみることにしました。
染めるといえば、まあ大概はダイロンでしょうが、今回は「Rit染料」というのを使ってみることにしました。
値段がダイロンの半分以下というのが決め手です。

さあ、いかなる結果になりつるや。

乞うご期待です。

哀れ蚊

2014 年 10 月 21 日

ベニシジミ

昨日、歯医者さんへ行く途中の街路樹にとまっていたベニシジミ(らしい)。

なんだか背景の色味が変ですが、花と蝶の色はだいたいこんなものでした。

大人の小指の爪くらいの大きさ。

秋の終わりにまだ飛んでいる蚊を「哀れ蚊」と言うそうですが、その伝でいけばこれは「あわれちょう」なんでしょうか?

近づいても逃げません、寒いからかと思ったんですが、ググってみれば普段から割と呑気な蝶らしいです。

わたし、その哀れ蚊に寝ていてまだ刺されます。

ムヒを塗って二時間もすれば跡形もなく刺されたあとは消えるのですが、痒い。

こんなわたしには代々木公園方面は鬼門です。

 

抜糸

2014 年 10 月 18 日

カマキリ

昨日、白板症の手術の時に縫い合わせた糸を取りました。

痛かった。

切り取るときにはほとんど血が出なかったのに、抜糸の時には血が出た。

生検の結果は11月4日に分かるはずです。

帰りはアキバまで歩きました。
湯島聖堂のなまこ壁の脇を歩きながら、「そういえばここに入ったことないなあ」とふと気づいて初めて中にはいりました。
中は荒れていましたね。
団体一組が説明を受けながら見学してました。
わたしは周囲の色に合わせたカマキリに聖堂の石段で出会いました。
もう寒いのでしょうね、じっとして日を浴びていました。
ちょっと触ったら、ゆっくりと動きました。

ああ、それから、写真は本来天地が逆です。
太陽は上にあるのですから、影は下に落ちますよね。
なんで逆さまにしたかというと、本来のままだと頭に血が上りそうなので、あえて逆さまにしました。

白板症 その後

2014 年 10 月 12 日

あちこちからご心配を頂いたので、いちおう術後報告を。

術前に医師から「どうします?」と訊かれました。

切るのか切らないのか、わたしの意思の確認だとは思ったんですが「その判断はわたしには出来ません。先生はどうするのが良いとお考えですか?」と、逆に訊いてみました。

「生検のために切る、と言う風に考えて、切除したらどうでしょう」
「ナルホドネ、そういう考え方もありますね。それじゃあお願いします」
「じゃあ、切るということで好いですね」
「はい」
と、いうことで、切除しました。

切除部分は意外と小さくて、生検の結果がわかるのは2,3週間後になるそうです。

それまでは切除した物が悪性なのか良性なのか分からないということらしいです。

前の週に抜歯と左側の歯茎を剥離してまた縫い合わせるという手術をして、今週はほっぺたの内側を部分切除。

やっぱりちょっと疲れますね。

しかし、おおむね順調です。

ご心配ありがとうございました。

吉本隆明

2014 年 10 月 9 日

共同幻想論

わたしが毎日メールチェックの後に訪ね歩くブログやホームページの中に、糸井重里氏の「ほぼ日刊イトイ新聞」というのがありまして、いまそこにこないだ亡くなった吉本隆明の長女のお話「猫屋台」が載っているのです。

これを読んで、はるか昔に読んだ吉本隆明の、(私たちの年代では一部の作家の名前を音読みする(へき)がありまして、吉本隆明は「よしもとたかあき」ではなくて「よしもとりゅうめい」福田恆存はこうそん、などと)「共同幻想論」をもう一度読んでみようかという気になったのです。

何故かと言うに、若い頃熱に浮かされたように若者が読んだこの本の作者に対するイメージと「猫屋台」で語られるよしもとりゅうめいとの間にかなりの隔たりがあったからでした。

当時熱に浮かされたように読んだ本に羽仁五郎の「都市の論理」もありましたね。

で、なぜ本がバラバラなのかと言うと、これから「自炊」するからです。
我が家にある本で、もう一度読んでみようと思ったときにはみんなこうしてバラバラにして一ページごとにpdfデータにします。
そうしてiPadで読むのです。
初版の「共同幻想論」をバラバラにしてしまうなんて! とお叱りを受けるかもしれませんが、あいにくわたしには初版本を有り難がる神経は希薄でして、初版も重版も中身が一緒であればどっちを読んでもおんなじ、ということで。
あ、誰か、初版欲しい人がいたかなあ?
まあ、いいや、もうしょうがない。

皆既月食を見たです

2014 年 10 月 8 日

日本の物理学者がノーベル賞を貰った翌日、今度は皆既月食です。

こちらは天文学に関する知識が皆無でも誰でも見られます。

ただ、東京都中央区日本橋人形町界わいでは、ちょっと空を見上げただけでは、ビルの屋上の角にけられて、ほとんど空は見えません。

人形町近辺で一番空が広いところと言えば、隅田川。

で、向かいましたよ、川へ。

先ず、無精な人が清洲橋通りの明治座前で鑑賞、僅かに見えています。

次にもっと空を広く見たいという一歩進んで積極的な人たちは浜町公園。

さらに、「ロケーションが良くなくっちゃあ」という「美」に一家言有る人が大川端。

ま、どこで見ても月、誰が見ても月、なんですが、皆既月食に入った所で、月は雲間に。

もっと真剣に月蝕を研究している方々には極めて残念。

大川端の人々はそれでも動かず、再び月が現れるのを待つ模様。

浜町公園の人々は半分に減って、残った人たちは食事する者あり、犬同志の集まりあり、子どもは何故かはしゃいでいました。

そして明治座前には一人も人はいませんでした。

以上、怪奇月蝕模様でした。