2012 年 4 月

母校

2012 年 4 月 30 日
坂本小学校

4S

日曜日のわが母校、坂本小学校。

通っていた頃はもっと大きく思っていたんですけどねえ。

古い校舎です。

防空壕なんかあるんですから。

「刺青」の谷崎潤一郎も通っていました。

いきなり夏

2012 年 4 月 29 日
窓拭き

4S

こういうのは、もう十人ぐらいぶら下がってるように増やしたくなりますね。

いかにものコマーシャル的な写真になりますけど。。。

八重洲通りと昭和通りの交差するあたりのビルです。

全面ガラスって、普段の拭き掃除も大変だし、地震の時も恐ろしそうだし、断熱効果も悪そうだし、どうなんでしょう?

まあ、

2012 年 4 月 27 日

Jリーガーになったら、外車に乗って、芸能人と真剣交際ってのも、

あってもいいよね\(^O^)/

なんのことだかわからない?

いいんですわからなくて。

ひとりごとです。

がんばれよ !

告知

2012 年 4 月 26 日

ブログロールに「カエルの子は黒豆柴?」が加わりました。

「カエル」さんという素敵な女性の運営するブログです。

このご夫婦には私が三十代の後半から四十代の頃に随分助けてもらいました。

しばらく年賀状だけが行き来していましたが、今度はブログでも行き来するようになりました。

元気でフットワークの良い若者でしたが、母親になってもそこは変わらないみたいです。

元気をもらえます!

どうぞよろしく、お願いします。

花を掃くひと

2012 年 4 月 25 日

八重桜が散って、地面に降り敷いている花びらを掃除している人がいます。

想像しました。

花びらを掃除する仕事があったら、それをしたいな、と。
花びらだけを掃除する仕事です。
一般の人は桜の花びらを掃除してはいけないのです。
花びらだけは「花びらを掃くひと」にお願いしなければならないのです。
彼は桜前線より一週間から十日ほど遅れて、日本の国を南から北へ桜を追って旅します。
そして行く先々で桜の花びらを掃いて歩くのです。

この人みたいに。

博物学者

2012 年 4 月 24 日

浜町のけやきの並木に一本だけ葉のつかない樹があります。
その樹の幹に、みの虫だのカイガラムシみたいなのが貼りついています。
そのせいで、このけやきだけ葉がつかないんでしょうか?

昔、と言ってもそう前の事ではありません。
私が五十代の始めの頃です。
年下の友達が居ました。
彼は小学生でした。
実に植物や虫や小動物に詳しい友達でした。

彼は上野にご両親と一緒に住んでいましたが、自転車で近辺をあちこち探索するのが趣味で、東大の農学部のどこに巨大なヒマワリが咲いているだの、不忍池のどの桜の木の洞に青大将が住んでいるかなど、とてもよく知っていて私に教えてくれました。二人で自転車でそういう名所(!)を探索したりもしました。
奥多摩へも良く行って、そこでは散歩をしながら私は彼に手当たり次第に草や虫の名前を訊くのですが、それに彼はよどみなくこたえてくれます。
草ならその名前だけでなく、それが食べられるものかどうかまで。
勿論わたしは信州で子供時代を送りましたから、私が知っていて彼が知らないものもありましたが 、それも一度教えれば次には私がど忘れしてもちゃんと教えてくれました。
その上彼は絵がとても上手だったのです。
子供の上手ではなく、大人と比べても上手でした。
既に一流の描き手と言っても良かったほどです。

私は彼が博物学者になるものと思っていました。
彼にもそうすすめました。
「博物学はお金にならないから、だめ」と言うのが彼のお母さんの意見でした。
彼のお父さんは芸大を出た版画家で、とても素敵な版画を作る人でしたが、ご承知の通り版画は絵に比べるととても安いのです 。
ですからお父さんは家業を継いだお兄さんを手伝って、糊口を凌いでいました。
夫がそうであるから、彼のお母さんは才能より生活を選ぶことをすすすめたかったのでしょう。

人のこのことですから、余計なお世話なんですが、私は彼が博物学者にならなかったことが、残念でならないのです。

もちろん彼はイラストレーターとなって、商業的に成功するようなアニメのキャラクターをデザインするほどの成功を収めているのですから、それはそれで充分なのですが、それでも私は彼には博物学者になってもらいたかった。