2012 年 1 月

上を向いて

2012 年 1 月 30 日
窓拭き

4S

きのう、映画を見ました。
「三丁目の夕日」です。少年雑誌に今も連載されている西岸良平の同名漫画の映画化です。

舞台は東京オリンピックの頃ですから1964年の東京下町。
下町なのに目の前に東京タワーがあったり、多摩川が流れていたり、考証は適当ですが映画自体が漫画仕立てなので、それは許されるのでしょう。
風が強くて、寒い東京でしたが、映画は温かかった。

日本が、今の韓国や中国やインドのように、前を向いて上をめざしていた頃が舞台です。
あのあたりを境に東京の街はがらりと様相が変わるのですね。

その前の年に九ちゃんの「上を向いて歩こう」がビルボードで一位を獲得するんですよね。日本中が上へ上へ、前へ前への時代です。

その頃、ヨーロッパの没落がよくいわれました。
時を経て、今日本の没落がいわれます。

私は今年、上ばかり見て歩いているので、窓拭きばかりが目につきます。
あんまり上ばかり見ていると、足元でつまずくので注意が必要です。
実はすでにつまずいているんですが。。。

広告塔

2012 年 1 月 26 日
広告塔

4S

人形町には目立つ広告塔が幾つかあるんですが、これもそのうちの一つ。

広告塔が目立つと言うことは、高層建築がまだ少ないということですね。
広告塔が消えて、袖看板が無くなれば、街の景色は随分スッキリとしたものになるんでしょうけど、香港と東京から袖看板は消えないんでしょうね。

看板ひとつひとつはデザインに凝っても、全体としてみると、デザインを考えていない街になっている。

それがいいのか悪いのかは分かりませんが、それが東京であることは確かですよね。

今日は自分でも、何が言いたいのか分からない。

遅ればせながら

2012 年 1 月 25 日
雪

4S

清澄町の雪です。

あんまり降らなかったんですけど、それでも景色は一変しますね。

人の踏んだところは凍っていました。

きのうの写真ですけど。。。

屁の突っ張り

2012 年 1 月 22 日
日本橋川

4S

日本橋川の鎧橋付近です。
写真右側が小網町で左が兜町、ちょうど東京証券取引所の辺りです。鉄の橋脚は補強がすんだ首都高の橋脚。

川は奥が日本橋、手前が隅田川に注ぐ形になります。
右側のコンクリートの堤防が美濃部さん時代に作られた堤防。
この堤防のまだ無い頃、写真奥の辺りでわたしはこの川に落ちました。

で、写真を撮る気になったのは ゴムボートです。
一人が降りて堤防の内側の礎石の上を歩いています。大きな定規なんか出して、礎石からの水の高さを測ったりしています。想像するに、地震対策として堤防のことをいろいろ調べているんじゃないかと思います。

わたし、石原慎太郎というキャラクターがあまり好きじゃないんですが、ただこの人のすることを見ていますと、東京のことをよく知っているなあと思うんです。

以前に書いた隅田川のスーパー堤防構想も、蓮舫さんに「二百年に一度の災害に、四百年かけて堤防作る意味が分からない」と言われ乍ら、しっかり実験的に工事を進めています。小説家でありながらレトリックでなく現実を見ています。
こういう所は政治家としても優れているなあと思うわけです。

まあそれはともかく、東北の二千年に一度という大震災を経て、都知事は東京の中心部が水に浸かる事態を想像しているんだと思います。
かつて大江健三郎に、「もっとも想像力に欠ける人間」と言わしめた石原慎太郎はけっこう想像力、それも現実に対処する想像力の持ち主のようです。

地道に川の中を歩いて調査される方とそれを命じた都知事に、ここは賛意と感謝をおくろうと思います。

ま、私が賛意をおくっても屁の突っ張りにもならないでしょうが。
気は心、です。

写真はトリミングしています。

また消える

2012 年 1 月 19 日

江戸橋の三菱倉庫が取り壊し中です。

経済効率を考えれば、この場所にこの規模の倉庫は無駄ということでしょうが、この建物は消してしまうには惜しい。

貧乏人は何でもそう考えますが、財閥は一にも二にも金、金、金なんでしょうね。

お金に切実なのは貧乏人の方なのに。
もっとも、資本主義の価値観からずれてるから、貧乏してるんでしょうけどね。

新しい建物が、歴史に残るような建物であれば、天晴れですが。。。

写真は4Sで撮りっぱです。曇天と晴天の色温度の違い見本みたいなので ^_^;