2011 年 5 月

バルサ勝ちましたね

2011 年 5 月 30 日

行き日本橋側から清洲橋を渡って深川へ行く。

帰りそれからわずか十分ほどたって、深川側から日本橋へ戻るときにはもうこんな空模様。
これ東京の自宅近くですから平気の平左ですが、もし山歩きなんかしているときでしたら、ハラハラドキドキものですよね。

さて、ハラハラドキドキと言えば、ヨーロッパ選手権。
バルセロナが勝ちましたけど、ま、わたしてきにはどちらが勝ってもけっこう。
ただ凄いのはあんな大舞台でもメッシとルーニーはちゃんと得点するんですねえ!
スター性というものはああして出来ていくものなんですねえ。すごいなあ。
YouTubeでなんども見ましたが、得点したあとメッシが珍しくものすごおく興奮してサポーターの方へ行くんですがその時テレビカメラのコードを飛び越し損ねているんですよね。あのカメラコードはずれてないかしら? なんて余計な心配しちゃいました(笑。

スイス脱原発

2011 年 5 月 26 日
カラーチューブ

新作

スイスでは今ある五基の原子力発電所を順次廃止していくことが閣議で決められたそうです。
もちろんそれは福島の事故を受けての決定だそうです。
日本ではこれだけの事故が起こっても、被害にあった人以外はなんだかあんまり懲りていないように見えます。
自民党の石原さんなんかはもの凄く力強く管政権の事故への対応を批判していますが、ちょっとそれは虫がよすぎますよね。
原発では事故は起こらない事を前提に原発を強力に推進してきたのは自民党ですよね、そこへの反省と謝罪が全然ないのはやはり鉄面皮と言われてもしかたないんじゃないでしょうか。管さんが駄目で石原さんによいアイデアがあるならばそれをアドバイスしたらいいんじゃないかと思うんですけど。
だって国は今未曾有の大災害のただ中にいるんですよね。
だからみんなで知恵を出し合って、国を救わなければならない時ですよね。

池で溺れている人に向かって、「だからここは気をつけなさいと前から言っているでしょう」と説教してもそれは見捨ててるのと一緒なんじゃないですか。彼が自分のミスで池に落ちたとしても、今は手をさしのべて助け上げるのが先なんです。
助けたあとで、一段落したら、説教すればいいのです。
今溺れている人に手を貸さないで高踏的な理屈を言っても始まらないんです。

スイスは人口800万足らずの国ですが、実に学ぶべき所がたくさんある国ですよね。
永世中立、赤十字、欧州の金融センター、ルソーが出てクレーが生まれてフェデラーやヒンギスが居て、コルビジェやジャコメッティーを輩出した。時計は未だに世界中の人が憧れる製品を作り続けています。

日本の政治家は真面目になって欲しいなと思います。

写真は今年に入って制作中のシリーズ”Colortube” からです。

はなまきそば

2011 年 5 月 17 日
花卷そば

iPhone3Gs

ずいぶん前の写真です。
浜町の藪そばの「花卷」です。これがあるところは最近減ってしまいましたが、わたしはこれが好きです。
信州の松本でこのシンプルなそばは贅沢品だったような記憶があります。
浅草のりに穂高のわさび、信州の地粉の二八そばにさらしねぎ。
全てがシンプルなだけに全ての味が極めて明確に食べる人に伝わります。

ことに、ねぎですがこの頃そうとうこった作りの蕎麦屋でも、ねぎは切り置いてあるところがほとんどですが、藪系統は昼時を除いて、一々切っているようです。

蕎麦屋のねぎ、まな板を使わないんですよね。水を張った桶へ(今時はボウルか)空中で切り落としていきます。
切り終わったら、水から上げる。ぬめりが取れて香りが立ちます。そば通の中にはそばの香りを楽しむために、ねぎもさびも使わない人が居るみたいですが、必要なければ昔から付いていないはずですから、わたしはこれを頂きます。だいいち、そばつゆの出汁の香りはそばの仄かな香りとは比較になりませんから、ねぎやさびの香りを嫌うなら、そばつゆもやめて水で頂くほかありません。が、そうなると死に際に落語になりそうな気がしますが、これは食通ならざるわたしのすがめかも知れません。冬は花卷、夏はせいろ。小田原の蒲鉾二切れを肴に菊正を一合。さっと呑んでさっと食べて、さっと帰る。これができれば江戸っ子合格でしょうか。
私はだらだら呑んで、食べるのはさっとですがたべたあともだらだらします。死ぬまで江戸っ子にはなれないかも知れません。やせ我慢と気取りは江戸っ子の基本ですからね。あと、ご婦人は致し方ありませんが、そばは猪口もどんぶりも手に取って食べましょうね。テーブルに置いたまま犬食いでは、折角のそばが台無しです。

以上、余計なお世話でした。

人形町

2011 年 5 月 9 日
人形町の古い家屋

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この人形町(久松町かも?)の古い家屋の連なりの前には路地があり、その手前のコンクリートのベタ基礎は取り壊されたビルの跡。つまりビルが取り壊されるまでは、この家並みはこう剥きだしにはなっていなかったんですね。

いわゆるウラダナ(裏店)で、表通りと表通りを幾筋もの路地で結んで、その路地に面して裏長屋が連なっている。江戸時代の町屋が地割りの上でそのまま残っている一帯ですね。わたしの所なんかもそうです。それが今、次第に取り壊されつつあって、これが進んでいくと江戸から三百年残っていた地割りが消えていくことになります。

切り絵図に現代の地図を重ねて、「鬼平を歩く」なんてことはもうじきできなくなってしまうんでしょうね。

路地の家並みは、路地で見るから風情もあるんですが、こう表へ剥きだしになると、なんか無残です。物も人も置かれるとその場所に似つかわしくなっていくんですねえ。おもしろいです。

あと、このブログの書き方を少し変更します。何を変えるかと言いますと、段落の行頭です。通常縦書きでは段落の行頭は一字下げて書くのが基本ですが、横書きではそれは読みにくいと言うことで、行頭をそのままにしてきました。が、この頃、欧文のタイプの打ち方にならって、ソフト段落をやめて、段落にする人たちが増えてきました。つまり段落は一行空けて字下げはしない、というやり方です。

横書きではこれはけっこう読みやすいので、今後わたしもこれにならいます。ただ、段落の内部にソフト段落を使うか否かは、未だ思案中です。このあたり詳しい方に教えを請いたいと思います。よろしくお願いします。