2007 年 1 月

また一軒、古いお店が

2007 年 1 月 30 日

八百屋が閉店古い八百屋さんです。昔はおじいさん二人でやっていた八百屋さん。品物が良くて、繁盛していました。そのおじいさんの片方が病気で亡くなるとじきにもう一人の方も引退。代がかわりました。でもほかにも変わったことがあります。品物が少し、変化したのです。すると目に見えるようにではないのですが、櫛の歯が少しずつ欠けていくように客足が遠のいてゆきます。そうして十年ほどして、後を継いだお父さんも病気がちになり太って立派だった体格が、次第にやせ衰えてゆきました。仕入れは息子さんがするようになった。また少し扱う品物に変化がありました。またお客さんが引いてゆきます。そんなときにわれわれぐらいの年代のご夫婦の八百屋さんが、朝の六時ぐらいから、くだんの八百屋さんが店を開ける九時ぐらいまで、50メートルほど離れた道路に軽トラック満載の野菜を売り始めました。新鮮、安い、元気、愛想がいい、フットワークもいい。という仕事の仕方。その車のおいてある場所で売るだけでなく、奥さんが自転車であちこち配達して回る。毎日、ほとんど売り切って、件の八百屋さんが店を開けるころに帰っていく。仁義は立てているんですが、町内の八百屋さんが店を開けたときには、町内のお家にはすでにその日使う野菜は、台所にある、という状態。それが数年続いて、上の写真になりました。こう書くと実にわかりやすくそうなって当たり前のように思われるでしょうが、そういう変化はあとになって、振り返ると、そういうことだったんだよねえ、といえるほどの、僅かな変化の積み重ねでした。
毎年決まって頼んでいたものが、らっきょ。大粒の砂らっきょうを5キロ。桜が終わったころに、歩いていると必ず声をかけられました。「カザマさん、今年も五キロでいいの?」 暮れに買う葉付きのミカン、冬の風邪対策に用意しておく大きいひね生姜、、、。昨年の青山の展覧会には娘さんと腰の曲がったお母さんが二人揃って見に来てくれました。「カザマサンのおかげで、こんなおしゃれな町に来られた」と言ってました。冗談ではないのです。本気でそういっているんです。お母さん、いつも息子さんを叱っていましたから、歯がゆかったんだろうと思います。”自分で買い出しに行ければ”、そう思うこともあったでしょう。
年が明けた三日の日、店の前を通ると何か盛んにものを打ち付ける音がします。いらだたしい音です。大きな音で誰かがものにあたって騒いでいるというのではなく、力なくものを打ちつける音なんですが、そのリズムがそれをしている人の身内の苛立たしさを表している、というようななんともやるせない響き。悪いと思ったんですが、半分まで閉めてあるシャッターをかがんで中をのぞきこむと、腰の曲がったおかあさんが里芋やジャガイモを入れて店先に並べていた板作りの箱を、打ち壊しているんです。寂しさがそのまま伝わってくるような行為でした。「どうしたんです?」わたし、こういう時大概は見てみないふりで通り過ぎます。が、この時は声をかけずにいられなかった。するとおかあさん、黙ってシャッターを全開し、写真の張り紙を指さしました。わたしは三日間この張り紙に気付かず通り過ぎていたんですね。「え、?、そうなんですか」おかあさん黙っていました。ただ一度頷いただけ。悔しさも寂しさも何も表さないで、ただ頷いた。で、どうするんですか?なんてとても訊けない。わたしもただ「そうなんですか」とだけ言ってその場をあとにしようとしたら「カザマサン、ちょっと待って

奥から持ってきて、このペーパータオルをくれました。毎年お年賀に、手ぬぐい代わりにおかあさんが配っていたもの。黙っていただきましたが、使えないですよね。
商売は競争だから、これはもう仕方がないんだって言えば、言えますけど。そんな分析は無用ですよね、誰もなぐさめないし、誰もあたためない。ぼくはおかあさんになんの慰めの言葉も言えなかった。ですから、今日まで書けませんでした。

ペーパータオル

このタオルで寂しさを拭き取ることができるならって、思ったんですけどねえ。我が行く末に重ねると、思いひとしおです。

ウィーンから

2007 年 1 月 29 日

ウイーンのミカンウイーンのミカン前に何度か書いたことのあるウィーン在住の友だちからこんな写真が送られてきました。オレンジ。おしゃれですよね、箱。うすい板を箱に仕上げる方法が面白い。ざっと数えて24個。これ一人で食べたんだそうですから驚きですが、もっと驚きなのが、この値段。こう書けば安いんだろうな、とみなさん想像はするでしょうがそれでもあたらないと思いますよ。これ、300円ですと。東京は物価が高い。高すぎます。東京じゃ300円でこの箱も買えないでしょう。実に驚きですね。ヨーロッパが長期経済不況とか、ききますけど。そこに住んでいる人から送られてくる情報を見ますと、単に国民総生産とか数字で示される経済指標よりも、実体経済というか、感覚で受ける経済指標は日本よりずっと豊かな気がします。日本の経済の世界何位とか言う数字は生活必需品や交通費まで高値に置いて得られた数字です。こういう数字は、そこに暮らす人の実体を反映しません。給料が多少安くとも、必需品の値段が安く、交通にお金がかからなければ、生活はゆとりを持って送れます。どうもその辺が日本の官僚は斟酌しないので、数字ばかりが世界第二位やら三位やらと聞かされても、実感がわかないんですね。文化に関わる単価も随分違いますよね。
思うんですけど、公立の美術館、画学生はタダでいいですよね。でも役人はそうは考えないのです。タダで入れる人とお金を払わなければ入れない人がいるのは、公平性に欠ける、と考えるみたいですね。確かに誰でも絵描きになれるわけじゃない、特定の人間だけが絵描きになる資格があるという制度においてなら、画学生の入場料がタダというのは公平を欠くでしょう。でも誰でも絵描きになれるんですから、絵描きでない人は絵描きを選ばなかったんですから、画学生をタダにしてもそれは公平性を欠くと言うにはあたらないんじゃないでしょうか。将来そこへ所蔵されるかも知れない絵を描く可能性のある人達に、見聞の門戸を広く開放するのは、国の文化行政として必要なことなんじゃないでしょうか。コンサートの天井桟敷に音大生向けの無料立ち見席を作るとか、お金をかけないでもできる文化行政は山ほどあります。でもそれは行わない。どこの企業にも利益を生まない施策は採用されない風土がありますから、たぶんこれから先も日本が文化先進国になることはありえないでしょう。さびしいですね。ヨーロッパから送られた、300円のミカンの写真を見て、そんな大それたことを思いました。

Trancesendの不具合

2007 年 1 月 22 日

トラセンドの不具合

プレビューするとこんな感じ、白紙です。これがRAWデータ

トラセンドの不具合

で、それのJPGデータ。当然ながら、これも白紙。ところが下を見て下さい

トラセンドの不具合

これもRAWデータ。問題ありません。665番です

トラセンドの不具合

ところが、その665番のJPGデータは黒。ただの黒一色

二日間ほど、コマーシャル撮りに参加して、Vを回している脇でスティル撮影をしてきました。撮影は和気あいあい、スティルにも非常に好意的で無事終了。帰ってきて翌日、先ずは二日間に撮影したものを全てHDDにコピーでバックアップ。バックアップされたものを外部HDDに再コピー。ここまでは機械的に普段通り。
ところが最初のコピー中に、下記のようなものが、出現。 心臓が凍りつく瞬間です。手のひらへいやな汗が出ます。建て込み、モデル、役者15人。とても自腹で再現できるものではありません。いろんなことを考えるというか、悪い結果ばかりが頭の中を駆けめぐり、完全にパニクっている状態。先ずはゆっくり深呼吸。まず、666番がおかしいというのですから、665番までを検証。問題ありません。667、668,異常あり。その後連番で追っかけていきますと、674がエラー。675、676もエラー。その後は問題なし。わたしが使っているのはトラセンド80倍速1Gバイト。EOS20Dで撮影すると、RAWと一番小さいJPGでちょうど100枚取れます。2G、4Gの早いものでもいいんですが、データが飛んでしまったり、不測の事態が起きたときにディスクがあまり大きいと、被害も大きくなりますので、わたしはだいたい1Gb。フルサイズで撮るときは2Gb,ときめています。 現像分けてテスト入れてた、かつての習慣でしょうかね。
もちろん撮影中には、ワンカット撮るたびにモニターで確認しています。ですから一部分のデータが飛んだことはちょっとどういうことか分かりません。エラーのでたところから後全部がだめ、ということを予想しましたから、一部分だけですんだのは、まだ悪運尽きず、でしょうか。ちょっと写真が多くなりますが、ご参考までに。

さて、結果は七枚のエラーで、うち一枚はRAWが無事なので6枚のエラー。さいわい商品まわりの撮影ではなく、演技中のものでしたから、前後何枚も撮っています。実害はありませんでした。やれやれですが、ほんとに一瞬心臓止まりそうでした。このカード、どうします? 皆さんなら危ないカードは捨てちゃいますか。わたしは貧乏性で、これが捨てられない。薄氷踏んで、歩くスリルが結構スキ。困った性格です。ただ何が何だか分からないまま、使うほどの勇気もありません。お散歩専用にするっていう手もありますが、それでもお散歩中に傑作が撮れたときには、しかもそれがエラーにあたったんでは、残念ですし。。。ただ考えられることがひとつ。この二つのシーンは役者と監督、カメラマンの意気がなかなか合わず、NGの連続。なので、わたしはやってはいけないと思いつつ、カメラで何枚か消去したんです。ただ消去したのは二カ所で、一枚ずつ。消えているデータと数は合いません。それにRAWが無事でJPGが消えていたり、は説明が出来ません。
それでもみなさん、今更ですが、撮影中に、カメラでデータ消去はしない方がいいみたいですね。これだけではトラセンドが悪いのか、わたしの操作に問題があるのか、カメラの問題なのか? さっぱり分かりませんが、いちおう注意喚起ということで、お知らせします。う~~~~ん、心臓いたい。

トラセンドの不具合

また蕎麦の話しで恐縮です

2007 年 1 月 19 日

浜町やぶ浜町やぶの天ぷら蕎麦先月、蕎麦の話しを書きました。そのとき、天ぷらの話しをしまして、天ぷら屋の天ぷらよりそば屋の天ぷらの方が好き、と書いたんですが、「どういう違いだ?」という人がありましたので、わざわざそば屋へ行って撮ってきました。、、って、恩着せがましいんですが、じつは暮れから取りかかっていた難解なサイト構築作業が終わりまして、無事におさまったものですから、ひとりでご苦労会。わたしが良く話題にする浜町の藪蕎麦。店を改築する前はこのお盆も木に漆塗りで、あちこち剥げていたりして、風情があったんですが、今はご覧のように練り物にカシュー仕上げ。きれいなんですが美しくない。はげちょろけていても以前の方が美しい、とわたしは感じています。この天ぷら蕎麦、「大込み(だいごみ)」つまり大盛りですね。蕎麦の中にはエビの天ぷらとサヤインゲンに柚子、おてしょにさらしねぎと大根おろし。きわめてシンプル。このてんぷらが、わたしの言うそば屋の天ぷら。

天ぷら屋の天ぷらはうすい衣をさっと付けて揚げますから花が咲いたような仕上がりになります。衣を溶くときもごくあっさりと、ぐるぐるかき回すようなことはしません。グルテンの出るのを嫌うんですね。でもこれはしっかりグルテン。おそばの中の天ぷらは、これが好きなんです。近頃、なかなかないですよ。みんな天ぷら屋の天ぷらになっちゃってます。中には油に入れたエビの上からそのうすい衣を箸にまつわりつかせて、油の中にたらたらたらし込むようなところまであります。衣で太らせるわけですね。チェーン店の天ぷら屋さん、例外なくこれをやります。ボリュームを付けるつもりなんでしょうね。嫌いです。微妙にエビのシッポがそばつゆから逃げているでしょ。このおかげで、しっぽはパリパリ。写真撮るんで、品良く七色とんがらしをかけていますが、実際はわたしはもう少し盛大に入れます。うまそうでしょ。外国に暮らしておいでの方にはちょっと酷ですが、こればかりは日本でないと食べられない。似たようなものはあるでしょうが。尤も日本でもこんな風なものは、そうどこにでもここにでもあるわけじゃあありません。まあつまらない話しでしたが、どんな天ぷらかと言うとこんな天ぷら、ということでした。

年頭に思うことなど

2007 年 1 月 11 日

終電車暮れから引き続き撮影でない仕事で拘束され続けています。音楽をかけるのも忘れていながら、夜はしっかり飲み歩いていますから、こんな写真も撮れます。漫画も読み切れないほど疲れている若者。。。
きょう、久しぶりにiTune。わがやのCDの全てはここに納められていますから、便利この上ない。CDのままだったらたぶん棚の奥で聞くこともなかったであろう局も簡単スクロールで、目の前に現れますからこれは便利です。で、きょうは岡林信康。われわれ世代にはこの名前と山本義隆、秋田明大は特別の響きがあります。岡林を聞いていた頃には拓郎は軟弱、こうせつ、さだにいたっては軟弱とすら呼べない。そう言う思いで岡林を聴いていました。強烈なシンパシーを持って聴いていたんですね。でも私より4,5年下、団塊以降の人には拓郎は旗手、ですよね。我らの言葉を代弁してくれる先頭打者。僅かの差で面白いものです。私は今では拓郎はもちろん、さだもこうせつも聴きます。そうして上手いもんだなあと感心します。その時代のその年代の若者が感じていたことをきっちりと切り取っていますよね。深く考えたわけではない、感じたままを曲にしただけ、それが時代とその感性を切り取っているのです。その頃学者が考えていた時代は矢張り机の上のもので、肌に即していない。分かったような気にはなるけど、腑に落ちない。なんにも考えていないように見えた若造が、むき出しの感情で叫んだものが、見事に時代を切り裂いていた。「表現」の小気味いいところはここですよね。きょう久しぶりに聴いた岡林は、あのころの強烈なシンパシーは消えて、切なく聞こえたのです。ただただ切ない。「友よ」「山谷ブルース」「流れ者」「チューリップのアップリケ」「手紙」、どれも切ない歌です。同時に良くこれを歌ったなあと感心します。命も狙われたでしょう。凄いもんだと思います。やっぱり若いということは凄いことですね。そうしてその若さを切なく感じる私は、確実に年をとったということでしょう。怒りも、喜びも、焦慮も、全てを感傷の方へ押しやる年齢という妖怪はなかなか手強い相手です。ここで踏みとどまらないと、簡単に絡め取られてしまいます。
今年、何か新しいことを一つすることを、年頭にきめました。なんになるか分かりませんが新しいことをしないと、老ける、そう言う強迫観念があります。なにが出来るのか自分でも楽しみです。

年賀状

2007 年 1 月 3 日
年賀状

今年の年賀状

今年は初めて暮れに年賀状を作ることが出来ませんでした。6日が小寒だそうですのでそれ以降に皆さんの元へお届けします。撮影はハッセルブラード+ベルビア、出力はMUSEO紙+顔料出力、モチーフは赤いバラです。今年のカレンダーに使ったものです。写真のタイトルは「欲情」わたしが付けたわけではありませんが、そう感じると言われたので、それをそのままタイトルとしました。紙が厚いのとコート材が細かい粉となって紙に乗っていますので、自動で紙送りがされません。一々手で送り込んでやる作業ですが、これがものを作っているという実感をくれます。ただ困ったのはその後で普通に出力紙を入れても、自動送りが出来なくなることです。ゴムに粉が付着して空回りをするためで、拭いてやるか、しばらくは手で押し込んでやらないと復帰しません。まあ、こういう紙を使うということは、メーカーの想定外のことなのでしょうから、多少の不便は仕方のないことでしょう。出来の良し悪しはともかくとして、気持ちにぴったりのものが出来たと思っています。いつもこういう風に作るものと気持ちとがぴったりと合うと気持ちいいのですが。。正月の初仕事はこの年賀状作りと、エビフライでした。エビフライは写真を撮る前に胃の中へ消えてしまいましたので、お見せできないのが残念です。大変おいしかったです。朝からビール、フライ作りながらビール、という半日。ラヂオでは箱根駅伝。いまから三越前へ行こうかどうか悩んでいますが、行くとよく見えないのでこのままテレビ観戦かラヂオ、になりそうです。それでは、昼間から酔眼朦朧としている風間でした。