2006 年 10 月

銀茶会

2006 年 10 月 30 日

銀茶会

銀茶会またまた、すんでしまった告知ですみません。きのう29日銀座で銀茶会なる茶の湯の大イベントが催されました。一丁目から八丁目の横の道(銀座通りを縦としてですが)銀座通りを新橋に向かって右側の9本の道に茶道各流派によるお手前とお茶の振る舞いが行われました。親しくしているお嬢さんが(最近結婚したのでご婦人)お手前を披露するというので写真を撮りに出かけました。したがって今日の写真はEOS20D+80/200f4です。薄茶を振る舞っていましたが、私は頂かなかった。私お茶にはいやな思い出があるんです。中学生の頃おふくろの友達の唄うたいに連れられて鎌倉へ写真を撮りに行ったことがありました。それはいいんですが、北鎌倉で降りて円覺寺からはじめて鎌倉へ向かって歩きながらお寺の写真を撮り歩いたんですが、建長寺まで来たときにそこで茶会が催されていたんです。「まーちゃん、お茶頂いてこうか」あんまり気が進まなかったんですが、初めてのことでもあるし、経験しとけば次は気楽だなんて思って本堂に上がったんです。大勢の人がいました。坊主がまんなかにいてそれを取り囲むように客がぐるりにいます。小坊主が客の前に菓子を懐紙の上に載せて置いてゆきます。お茶を頂く前に菓子を食べる、これくらいの知識は中学生の私にもありました。ですから目の前に置かれた菓子を頂きました。順にお茶が振る舞われていよいよ私の番。それまで何人もの人の所作を見ていましたからそれを真似すればいいものと思って目の前に置かれた茶碗を取り上げようとしましたら、それまでかなりな長い時間誰も一語も発しない静な本堂に主人坊主の声が低いとはいえかなりなボリュームで響き渡りました。「お茶の前にお菓子を」一瞬なんのことか理解できなかったんですが、すぐに、ああ私がまだ菓子を食べてない、子供だから作法が分からない、だから教えてやろう、と言うことだろうな、とは思いました。「もう食べました」そう言って茶碗に手を伸ばそうとしたら再び「先にお菓子を!」声が大きくなりました。ちょっと理不尽だな、と思う私。だって、菓子は小坊主がみんなの前にもれなく置いたんですから懐紙の上になにもなければそれは食べたと言うことでしょう。わたしはかまわず茶碗を手に取ろうとしたんです。そうすると「おかしを!!」わたし、完全に頭に来ました。これはわざとやられていると思ったんです。でもなぜそんなことをされるのか? それまでに私が何か作法上してはいけないことをしたために、それでそんな嫌がらせ(完全にそう思っていました)をされるのか、とか思いました。すると隣にいた私の連れが大分向こうの方にあった菓子鉢に手を伸ばして中から菓子をひとつ取りだして私の前の懐紙に置いてくれました。私は席を立つ寸前でしたが、小父さんがせっかくそこで助け舟を出してくれたのにそれをしては申し訳ないと、その小父さんの取ってくれた菓子を口に入れましたが、なんとも苦い菓子でした。それから茶を飲んで、ただじっと全ての客に茶が振る舞い終わるまでそこにいました。そうして全てに茶が振る舞われ終えたあと、私は頭を下げずにそこを出ました。これは今に至るまでなぜあんな仕打ちを受けたのか理解できません。が、それいらい、形式だけの茶の湯というものに近づくのはやめました。ですから今回写真は撮りましたが、茶の振る舞いは受けない。何かの誤解からそういう仕儀になったんでしょうが、あれはいくら禅坊主でも最後に説明があってしかるべきだったろうと思っています。このことで私は世の中に理不尽なことがあって、それがいつ自分の身にふりかかるか分からないと言うことはしりましたけど。苦い思い出でした。銀座での知り合いのお嬢さんは見事なお手前で、きれいだったことを申し添えます。

小山実稚恵チャリティーコンサート

2006 年 10 月 25 日
夕べ、東京女子医科大学の弥生記念講堂で行われた小山実稚恵さんのチャリティーコンサートへ行ってきました。知り合いの、女医で登山家のHさんが企画、企画に賛同した小山さんがノーギャラで出演。なんのチャリティーかというと癌患者を登山を通して支援してゆくというHさんたちグループの活動に対してのチャリティー。登山が癌体験者の肉体、精神を改善する効果があることが確認され、積極的に癌体験者を登山を通して支援していくという活動。まあその活動の医学的考察は門外漢の私にはとても出来ませんので割愛します。  実は23日、つまりコンサートの二日前にHさんと小山さんと私と三人で呑んだんです。その席で色々話しをしたんですがそのことで小山さんにシンパシーを感じていたかも知れません。ですがそれがなくとも昨夜の演奏は素晴らしいものでした。一部と二部に別れて約二時間。一部の最後にやったシューマンの謝肉祭、これが素晴らしかったんです。二部に入ってショパン、ノクターン三曲。この三曲目が13番。もの凄い演奏でした。びっくりした。それからバラードの一番。この三曲がほんとうにすばらしかったんです。ここのところコンサートから遠ざかっていましたが、久しぶりのコンサートが大当たり。骨董品にひびが入ったと評されたホロビッツの日本公演、その二年後のリベンジ公演(これは素晴らしかったんですが)。でもその時より昨夜の演奏は素晴らしかった。素晴らしい素晴らしいの連発で、どこがどう良かったのか解説できない自分が歯がゆいんですが、とにかく良かった。うーん、日本のピアニストもすごいことになっているんだ、と思いました。歳は書きませんが、まだ若いのに円熟してきています。感情が音にのっています。そしてその感情が私にはぴったりと合っていた。嬉しかったですね。演奏終了後に楽屋へ戻る小山さんとすれ違いましたが、あちらから遠慮がちに手を振って頂き、わたしは「素晴らしかったですよ」とすれ違いながら言えただけ。ああ、ああいうときになんかぴったりとした言葉が言えないものかなあ、と思ったんですが、出てきませんねえ。

雨のしみ

夕べ、東京女子医科大学の弥生記念講堂で行われた小山実稚恵さんのチャリティーコンサートへ行ってきました。知り合いの、女医で登山家のHさんが企画、企画に賛同した小山さんがノーギャラで出演。なんのチャリティーかというと癌患者を登山を通して支援してゆくというHさんたちグループの活動に対してのチャリティー。登山が癌体験者の肉体、精神を改善する効果があることが確認され、積極的に癌体験者を登山を通して支援していくという活動。まあその活動の医学的考察は門外漢の私にはとても出来ませんので割愛します。
実は23日、つまりコンサートの二日前にHさんと小山さんと呑んだんです。その席で色々話しをしたんですがそのことで小山さんにシンパシーを感じていたかも知れません。ですがそれがなくとも昨夜の演奏は素晴らしいものでした。一部と二部に別れて約二時間。一部の最後にやったシューマンの謝肉祭、これがよかったんです。二部に入ってショパン、ノクターン三曲。この三曲目が13番。とてもよい演奏でした。それからバラードの一番。この三曲がよかったんです。ここのところコンサートから遠ざかっていましたが、久しぶりのコンサートが大当たり。演奏終了後に楽屋へ戻る小山さんとすれ違いましたが、「素晴らしかったですよ」としか言えなかった。ああ、ああいうときになんかぴったりとした言葉が言えないものかなあ、と思ったんですが、出てきませんねえ。

耳鼻科

2006 年 10 月 23 日

ぎんなんぎんなん昨夜、新宿のピットインへアミットロイのシタールのコンサートを聴きに行きました。終わってから近所の台湾料理屋で食事。11時半に同行諸氏と別れて帰宅。浜町の駅を出ると雨。かなりな降りです。でも目の前にもう終わったと思っていたギンナンがバラバラと落ちています。ずぶ濡れになりながらそのギンナンを拾って、ってなぜビニール袋を持っているんだ? そうバッグの中にはいつもビニール袋がしのばせてあります。どこで食事して何を残しても持って帰れるようにです。持って帰って近所の猫にやる場合もあれば私が食べる場合もあります。まあ私が食べる場合の方が多いかな。一流レストランでこれはしませんからご安心を。尤も一流レストランて行かないんですけどね。で、それが役立って左のようなあんばい。夕べはそのまま熟睡。今日の仕事は展覧会に来て下さった方々へのお礼状作成。プリンターが働いている間にギンナンの処理をします。けっこう臭います。知り合いのブログにギンナン皮膚炎というのがあるって書いてあったんですけど、私は平気。素手でさわっても何ともない。でもこれだけの量をむくとなると相当手が荒れますからゴム手袋でひとつひとつ剥いていきます。あらかた出来上がったらざるの中で流水をかけながら研ぐようにして果肉を落とします。その後、干ものつくり用の網に入れて乾燥させて、できあがり。今回はスタジオちょっとクサいです。プリンターは私がこれらの仕事をし終わってもまだ稼働中。そこで懸案だった耳掃除に耳鼻科へ行くことに。なぜと言うに、ささやくように話しをされると聞こえないんです。でもテレビの音は相当絞っても聞こえます。自分で観察するに、どうも周波数の高いところが聞こえない。例えば腕時計のカチカチ言う音は非常に聞こえにくい。年を取ると高い周波数が聴きづらくなるのは一般的なようで、アメリカの電話会社が学生用に呼び出し音が高周波の携帯電話を作ったそうです。学生には聞こえるが、教授には聞こえない。こんな記事も読んでいましたから、まあちょっと調べに行ったんです。ついでに耳垢も溜まってそれで高い音が聞き取りにくいのかも、とも思いまして。歯医者以外医者のドアを開けるのは実に40年ブリです。事情を話すと「テストしてみましょうか」という。別室でヘッドホンを付けて周波数ごとに音が聞こえたらスイッチを押す。でもそのヘッドホンが安物で外部の音が遮断できていない。随分ちんけな測定器だなあ、なんて思っていたら、もう測定は始まっていて慌ててボタンを押しました。まあ結果は自己診断通り。7Kヘルツぐらいから急激に聞こえなくなっていきます。「年齢的にはまだこんなに聞こえなくなる年ではない」なんて嬉しいことを言ってくれます。結局2200円払いましたが自己診断を越える説明を受けることは出来ませんでした。やりとり以下の通り。

「音が聞こえなくなるほどの耳垢はないですよ」「そうですか、何が原因でしょう?」「耳がもやもやした感じはないですか」「ありません」「みみなりは?」「ありません」「半年ごとにテストしてどのくらい悪くなっていくか見た方がいいですね」「先生げんいんは?」「わかりません」このやりとりでおわかりの通り、彼の医学知識では私の高周波への難聴傾向から想像できる病気は二つ、もやもやと耳鳴りこのどちらかがあれば一歩進んで病気へ近づくことが出来たんでしょう。もし病気があるとしてですが。彼が訊いたこと以上に彼の医学知識はないと言うことが分かれば、「実はここひと月ほど頭痛がするんですが」、というようなことは言いませんでした。なぜって、彼に知識があれば「頭痛はしませんか?」と向こうから訊いてくるはずですから。で、私は帰ってきました。思うに40年ぶりの医者の診察室は40年前の診察室と同じでした。皆さん不思議に思わないんでしょうか。私は医者の診察室ぐらい不思議な空間はないと思っているんです。医者は革張りのひじかけ付きのすごく高そうな椅子に座っています。一方患者の方は背もたれも肘掛けもなにもないただの丸椅子。病人より健常の者の方がいい椅子に座ってあたり前のような顔をしている。不思議ですねえ。それを医者も患者も不思議と思わない。たぶんこの環境が変わらない限り、医学が患者に奉仕する日はこないでしょう。背もたれがあると背中へ聴診器が当てにくい、とか理由は色々つくんでしょうが、だったら医者も同じ背もたれのない椅子に座っていないといけません。どうも椅子や環境でヒエラルキーを患者に植え付け、俺の方が上なんだぞ、だから俺の言うこと聞け、みたいな、極端ですけどそういう雰囲気がある。ここに誤診や不勉強への根があります。医師の国家試験の合格率は自動車免許の合格率よりはるかに高い、なんて皮肉を言われるのも、今の医療へ多くの人の不信があるからでしょうね。礼状とギンナンと耳鼻科、まるで三題噺のようですが、今日はこれまで。

皆さんもご自分の耳年齢を試してみませんか。ここへ行って試してみましょう。ちなみにわたしは普段の音の環境で40Hzから7000Hz迄が聞こえます。ヴォリュームをあげればもう少し聞こえますがそれにしてもこんなに高域が聞こえないんです。あなたは?

きのうは一日

2006 年 10 月 21 日

森田節子展きのうは一日、ギャラリー巡り。先ずは何度かご紹介している森田節子さんのワイヤーアート展へ。「男の人一人だと入りにくい店ですよ」と言われていたのを、一人で国立まで行ってきました。スーリールという洋服のお店。そこの壁面にせっちゃんの作品がちらほら。なんでここで? と思ったんですが、このお店の看板(?)を作って以来のお付き合いだそうで、その看板が左でなかなかおしゃれ。いい感じです。私は前から欲しかった蟻を五匹ほどゲット。むくろじの実を頭と胴にしてワイヤーの足が着いている蟻。店の中はけっこう込んでいて私以外みなさんご婦人。早々に退散して目黒へ。新藤修一さんの個展「記憶の断片」へ。サイトで拝見していた作品が並んでいましたが、プリントで見ると大分印象が違います。サイトではマットな感じ、ジャージーな気分だと思っていたんですが、プリントで拝見すると、けっこうパキ、ピキ。写真を学んでいる学生、もっとうまくなりたいアマチュアの皆さんはご覧になることをお奨めします。写真がうまいというのはこういうことだという見本がそこにありますから。新藤さんの写真を見て「ああ、うまいなあ」と思えれば、あなたの腕はけっこう上がっています。どこがうまいか説明して欲しいと思ったらまだまだですよ。プロが見てうまいなあと思う写真家なんです。さりげなくうまい。なかなか出来ない技なんです。是非ご覧を。新藤さんと一言二言お話しして、銀座へ。INAXギャラリーでお茶を飲んで、7丁目へ。亡くなった洋画家、高井貞二さんの奥さんテリーさんが参加している絵画クラブのグループ展、テリーさんは今帰ったところだと言われたのでそこも早々に辞去。それから京橋の轍画廊、山田正亮展。山田さんのコレクターが持っている作品を持ち寄って展覧会をしています。このオープニングの前に山田さんが私の所へよってくれたというのは「かくも長き不在」に書いたとおりです。外はもう薄暗くなってきていました。もう一軒と思ったんですが18000歩も歩いてちょっと疲れ気味なんでそこまでで終了。京橋の堀内の前の立ち食いそば屋でわかめそばを食べて帰宅。それから改めてアルコール消毒へ出かけました。
今日は一日、ギャラリー以外での注文品の額装と梱包、そして発送。今佐川が来て本日の作業完了。月曜日に作品を二点カナダへ送れば、今回の個展に関わる作業は全て終了。あとはギャラリーが10万で売るといっているポートフォリオ集をやるのかやらないのか。これはギャラリー次第。制作費は全てギャラリー持ちなので、あちらの度胸次第!?

ベッタラ

2006 年 10 月 20 日

ベッタラ市ベッタラ市ベッタラ市今年もいよいよベッタラ市の季節です。昨年は昼間のベッタラ市をお知らせしたので、今年は夜。
昨夜、と言うより今日の午前一時頃。寶田神社がわ、本家ベッタラ市の参道入り口です。今年も去年同様露天がびっしりと道の両側にならんでいます。なんだか懐かしくて、ちょっと切ない縁日の風景。海外におすまいの日本で育った方々、なつかしいでしょ。ある意味縁日は日本の原風景ですよね。昔とは商売のやり方や市を取り巻く環境なんかは変化していますがそれでも、縁日は郷愁をかき立てます。
暗い縁日ですが、黒くて見えない部分は皆さんの記憶で塗り直して下さい。

こちらは椙森神社(すぎもり、ないしすぎのもり)の境内。提灯は花見やお祭りにぶら下がっている紅白のぼんぼり型より私はこの高張提灯がすき。きりっとして、すっきり。いわゆる粋な感じがして。文字も変に勘亭流めかず上品。文字が変化に富んでいるのは色々な提灯屋さんが手がけているんでしょうね。ベッタラ市はこのために一年身を粉にして、って言う祭りじゃありませんが、なんとか今年もここまで来ました、来年も是非元気で商売が出来ますようにっていう、本当にささやかな願いを込めた祭りですから、却ってしみじみとした情緒があります。とくに夜、提灯の火を落とさないので、いい感じ。昨日と今日だけ、二日間ですからお越しになるなら本日限り。