2006 年 7 月

気をつけましょう

2006 年 7 月 31 日

高速道路橋桁

気をつけることが幾つかあります。まず写真ですが、昭和通り江戸橋に架かる首都高の橋げた。長い間桁にぶら下がるように足場が組まれていましたが、やっと出来上がってご覧の通り。阪神淡路の大震災のあと都下でもあちこち高速道路に手が入っていましたが、ここは橋げたのつなぎ目が補強されています。思うにあの震災で高速道路がつなぎ目からはずれて、巨大な滑り台がいくつも出来たみたいな写真が連日新聞に載っていましたから、急きょこの補強なんでしょうが、さて? 「あるもの」に力が加わるとその力は「あるもの」の全体に伝播していきます。「あるもの」の強度が一定なら力は均等に分散されますが、「あるもの」の構造に強いところと弱いところがあれば力はその弱いところに集中します。応力集中が起きるんですね。で、淡路の場合はつなぎめ。だから都心もつなぎ目を補強。でも、でもですよ、柱は元のままなんですから。淡路の時はつなぎ目が弱いから、つなぎ目で切れてくれた。東京ではつなぎ目は補強したから、今度は柱ごと倒れたなんてことにならないでしょうか。気をつけましょう。

何故こんなところへ行ったかというと、この橋脚の下あたりに先日のムービー撮影のためにカメラを借りたレンタルやさんがあるんです。撮影が終わって機材を返しに行きました。撮影テープは見本市でパソコンから出力するかも知れないというので、DVDに焼いてもらうことにしたんです。

撮影の時に編集をいれないでもいいように、全てのカットを順番通り撮影しておきましたから、頭からぴったり二分だけ焼いてもらえばOKのはず。時間は「タイムコードになっています?」とお店の人。なんのこと? 「ちょっと確認しましょうか」奥からカメラを持ってきて、わたしが撮影したテープを入れて巻き戻し。頭でてますよ、とわたし。そうみたいですね、と言いながら店員さん再生ボタンを押します。白みがサーと流れていきます。店員さんいやに落ち着いた声で「なにも写ってませんね」「……」こういうとき、わたしでなくとも頭、真っ白になりますよね。二三秒で立ち直って、「でも現場で再生したときにはちゃんと写っていたんですが」店員さんもう一度テープを巻き戻して、再生。サーーーと白い画面。気の弱いわたしはこういうとき自分を疑っちゃうんです。ああ、立ち直れない! あの機械ははもう中国に向けて出航したかなあ、なんて頭の中で考えます。フル回転で考えて結論は、自費で中国へ行って、頼み込んで撮影してくるしかない、なあ。一万の仕事に6千円の交通反則金取られるよりきついなあ、なんてろくなことは頭に浮かびません。でも、確かに写っていた。ワンカット撮影ごとに再生して、それは現場スタッフがみんな見ている。うちへ帰ってからも再生してみた。ちゃんと写っていた。シーンの変わり目ごとのQ出しを忘れて、「スタート!」なんて元気のいいわたしの声が入ってしまっているのは愛嬌だとしても、確かに写っていたんだ! さっきまで。すこし、わたし、じしん、もどった。中国人の日本語見たいになりながら「すいません念のために、わたしがお借りしたカメラで再生して貰えません?」店員さん、いいですよと言わんばかりの表情で、今返したばかりのカメラバッグを振り返って一言「あ、ハイビジョンでしたね」おいおい、でしたねじゃねえだろう、こちとら寿命がちちじんだじゃねえか、ばかやろう、みたいなことを胸の内で叫ぶと、「ハイ、タイムコードですね、頭からきっかり二分、かしこまりました」だと。ふだんVTR撮っていれば、ああ、そのカメラじゃなんて言いながらウィンクできたのに、そんなゆとりのあればこそ。皆さん慣れない仕事は気をつけましょう。

把瑠都関

把瑠都関と某所で同席

そして最後に、チンペイが事故った。チンペイというのは映画監督の井上修さん。「出草之歌」のところでご紹介した友達です。その後の上映会も好評で、これからあちこちで上映されるそうです。120分は長いよ、とケチを付けたのはわたしぐらいで、おおむね長くない、時間は気にならなかった、と言うご意見が圧倒的。みんな優しいね、と思ったのはわたしばかりでしょうか。その井上さんに韓国の何タラ言う放送局がテープを貸して欲しいと言ってきたそうです。放送で一部使いたい、五六分の予定、とのこと。井上さん一分三万以下は駄目、って、本人としては思いっきり強気にいったつもりがあっさりそれでOKが出て、思いもよらず、大枚の臨時収入が入ることになったみたいです。「ワシ、その金、なんに使おうかと思ってさあ」だって。(手伝ったり、カンパしたりしたわたしに何か食べさせてやろうとか思わないわけ、真っ先に)井上さんいい気持ちになって愛車の、ヤフオクで五千円でゲットしたチャリンコを走らせて、三宿から銀座へ打ち合わせに。渋谷で車道をふらふら歩くおっさん一人。急にまんなかによろけて出てきたそうです。チンペイ(井上さんのことです)慌ててハンドルを切ったそうなんですが、そこに車! 急ブレーキをかけたら後輪が持ち上がってしまって制御不能。そのままその車にぶつかったそうです。幸いけがはなかったそうなんですが、ぶつけた車がマセラッティ。ちょこっと傷にして12万だったそうです。「わしね、韓国のお金右から左になっちゃったけど、残った分で自転車保険、はいるよ」ですって。皆さん、自転車といえども気をつけましょう。

介護

2006 年 7 月 29 日

介護される犬介護される犬介護される犬ご近所の犬です、13才。少し前までは靴を履いて2頭でお散歩していたんですが、そのうち1頭になり、今はその1頭も乳母車で散歩です。2頭で散歩しているときから白内障はあって、よく見えないから自分でよけることをしないでなんでも踏んでしまうので、靴を履かせてもらっていたらしいんです。今はもう全く見えない。散歩させてもあちこちぶつかるらしい。ですから浜町公園までは乳母車で行きます。お名前は? 三度きいてるんですが、三度忘れました。わたしの日常にないフレーズの名前なんです。わたしは主のいないところでは飼い主の苗字で呼んでいます。
きょろきょろしていかにも目が見えそうな風ですが、臭いの来る方向を探っているようです。鼻は健在。でも幸せでしょうね。疑問符を付けるのは、過保護かなあ、という思いも多少あるものですから。乳母車には電子蚊取り線香までついています。一日に二度散歩に連れていってもらってます。実に人なつっこい犬です。虐められたことがないから、人間を信頼しきっています。虐められれば人間不信になる。これ、人も一緒ですよね。ぶたれて育つと、ぶつ人になる。愛されて育つと優しい人になる。分かり切ったことですが、近頃なんですかねえ。わがスタジオの裏に来るたくさんの野良猫はこうはいきません。飼い猫との決定的な違いは、彼らの人間観。人間にはいろいろな奴が居ることをちゃんと知っています。優しくされているときでも、びくびくしています。一度でも飼われたことがあると違うみたいですが。人形町の猫は餌に困ることはないようですから、そこが安定していれば、彼らは今のままがいいんでしょうね。でもスタジオのドアを開けて、コンピューターに向かっていると、いつの間にか入ってきてコルク張りのスタジオのまんなかに寝ていたりします。さすがにそれはすぐに追います。人情がないようですが、それを許すとダニが凄いんです。家に上げるには、家に上げる準備がいりますが、その準備を彼らはうけつけない。ですから追う。今がちょうどいい距離なんです。そこへ行くとこの犬はべったりです。信頼しきってなすがまま。介護する犬もあれば、介護される犬もある。

リベンジ

2006 年 7 月 28 日

先日(7/19)の日記に書いた青紙、2、3日してから郵便局に払いに行ってきました。帰ってきたら電話。デザイナー氏いわく、「先日の機械出来上がったんで、見本市用のムービー作りたいんですけど」はじめはわたしに撮ってくれということだったんですが、わたしはムービーカメラを離れて30年も経ちます。誰か紹介しますよ、といって電話を切って、二三電話。しかし皆さんお高い。「仕事ないからね、たまにやるとき高くしないとね」ですって。わたしと発送が逆! 強気とはこのこと、でも大丈夫なの? と、ちょっと心配してしまいました。う~ん、こまった。「自分で撮れば、」って言われてもねえ。先ずカメラ借りるところももう分からない。ネットで調べたら、スタジオから三越まで(歩いてゆける距離)行く途中まんなか辺にビデオのレンタルやさんがありました。編集も頼める。これはいけるかも。断られたカメラマンに電話をして、機材、何を借りたらいいか訊くと「民生用がいいよ」とのこと。今時、業務用もフルオートだけれど、民生用なら更になんの設定もいらないとのこと。S社のハイビジョンカメラを借りることにしました。音声さんナシ、照明さん省略。ワンカメのみ。できるかな~。なんて、図々しいことこの上ない。今朝は朝が早いので、昨日のうちに借りておく、のですが、自信がないのでもう一日前に借りました。で、一日カメラを振る練習。パンとズームの練習。パンはいいんです。ただ横に振ればいいんですから。水平さえ取れていれば誰にでも振れます。ズームはちょっと練習しないと、みんな馬鹿ズームになっちゃう。ムービーカメラ持ったことない人には分からないでしょうが、馬鹿ズームっていうのは、ズームインした絵を決めておいて、そこからズームアウトします。そうしてその引きの絵から撮り始めて、ズームアップしてゆく、これを馬鹿ズームと呼びます。ズーミングが画面中央に向かって収斂していきます。見ていて不自然さはないし、別段なんの支障もないのですが、本職が見ると、ここだけで素人が撮ったとバレてしまいます。例えば画面の右上にアップしたい部分があるとします。引きの絵からそこへズーミングするためには、ズーミングしながら横のパンと縦のパンを同時にしなければなりません。そしてズーミングの間中その右上のアップしたい場所が画面のその位置から動かない、これがズーミングのこつです。丸一日練習しましたが、一度体に入っているものは30年経っても大丈夫なんですね。そう苦労しないで感じは戻ってきました。ただ、ズームのスピードが自由にならないのはいただけませんね。S社、がんばれ。 で、今日、先日違反を取られた場所を通って足立区六町というところへ行くんですが、その前に千葉方面へ別の機械を撮影に。海上自衛隊の航空基地のすぐそばで、左のような工場。左奥にちょこっと柱が4本立っているのがその本体。撮影時間3分。デジは有り難い。この会社なんの機械を作っているかと言えば、衝撃試験のための機械を作っています。メーカーでは自社製品が出来上がると、この機械にかけて落下試験をします。いろんな高さからフリー落下させて、加速度と衝撃度を測ります。ですから各メーカーからいろいろな大きさの試験機を注文されます。全て一品生産。この大きなものは中国へ送るそうです。COCOMがうるさい。機械そのものより、センサーが問題になるそうです。
ともかくインスタントラーメン並みのスピードで撮影終了。六町へ。そこでムービーの撮影は1時間半ほど。全てのカットがフィックス。ズーミング練習はなんだったのか。各カット、リハーサル二三度で即本番。無事に取り終えて本日のお仕事終了です。先日は日当4千円になってしまいましたが、今日はそれを補ってあまりある。仕事は大体こうなりますね。きびしいなあ、と思う奴をいやがらずに受けると、あとでちゃんと元が取れる。うまくできているもんです。

追伸:本文中のこの色の部分、S社の名誉のために書き添えますと、出来ないわけではない。ただレバーが小さすぎて、微妙なコントロールが出来ない。そういうことです。

一周忌

2006 年 7 月 27 日

日本橋交差点きょう、午前11時半頃の日本橋交差点から神田方面へ向けて一枚。意味はありません。きょうのタイトルにも関係はありません。絵日記なので、何かないとと思ったわけでして。箱根駅伝は、ここを写真手前から走ってきて左に折れて、読売新聞へ向かうわけです。今信号待ちしている車の、いるあたりは黒山の人だかりになります。
さてタイトルですが、昨年急逝された中川政昭さんの偲ぶ会一周忌に昨日行ってきました。16人ほど、銀座で。わたしが知っている方は僅かに三人。皆さん何らかの形で写真に関係しておられるか、桑沢デザインの関係者。まあいろいろな話が出ましたが、皆さんに共通していることは、故人の長電話の思い出。かけてくれば一時間はお付き合いさせられました。
中川さんはいわゆる芸術家です。わたしのような写真職人ではなくて、はっきりとアートを目指していた方です。ピンホールの8x10カメラで座禅している僧侶を30分もシャッター開け放しで撮ってみたり、きてれつなヌードを撮ってみたり、そのネガを瓶の中にシリコンで封印してみたり、ガラス乾板で撮影したネガを印画紙の上で砕いてしまい、それに露光を与えるという写真やら、職人には意味不明の作画方法をとる方でした。ある時若い写真家志望の女性を中川さんの展覧会にお連れしたことがあります。ヌード展でした。裸の女の口からホースが出てそれがヴァギナに入っていったり、アヌスに突っ込

まれていたりします。それを撮った4x5のネガに熱をかけてネガをスルメみたいに焼いてしまいます。当然反り返ったネガは立体になって、そのままでは引き伸ばし機にかかりません。ですからそのネガを印画紙の上に置いて遠くから点光源で密着します。まあ、フォトグラムですね。そうして何枚か作ったあとは、瓶にシリコンで封印するわけです。そのことに意味があるとすると、もう二度と焼けないということでしょうか。つまり焼いた何枚かには希少価値がつくというわけです。でも、世の中の様々な価値のうち、希少価値ぐらい表現から遠いものはないと思うんですが、芸術を目指す写真家は例外なく希少価値を写真に与えようとします。写真は複製できるところに意味があるんですが、それを拒むんですね。まあそんな話しは置いといて、その展覧会に連れて行った女性は、一言「中川さんて、女の身体をこういう風にしか見ないんですね」これは中川さん、予想もしない感想だったでしょうね。その女性は物怖じしない、率直にものをいう人だったのです。その展覧会が朝日新聞の文化欄で写真入りで大きく扱われたことやツアイトというギャラリーが強く支持していることなぞはまるで眼中になく、見て、感じたままを、てらいなく作者に向けた。実はわたしも女の尻からでたホースが口に入っていく写真になんの意味があるのか分からなかったんですが。もちろん中川さんに女性蔑視の意図など毛頭なく、女をおもちゃにしようなどという気持ちもなかったでしょうが、素直に見ればこういう意見も出てくる。学校で教えていましたから日常学生はこれほどはっきり否定的な意見は教師向かって言いません。それが面と向かって、しかも馬鹿にしたり、軽蔑したりといった響き無しに、言われたんですからかなりこたえたろうと思います。中川さん、絶句したまま言葉が出てきませんでした。その女性はその後、建築家と再婚し子供をもうけ、写真を続けています。
ここまでは前段です。この日面白かった話しは中川さんのお弟子さんの話。先生に良く尽くして、わたしがお手伝いしたワークショップなどでもいろいろ手伝ってもらいましたがその彼の話。
中川さんという方は小さい方ではありませんでしたが、それほど巨大な体躯というわけでもなかった。中肉長身といったところでしょうか。それが亡くなって荼毘にふされて、骨壺に入れてみたら入りきらない。骨太だったんですね。うちのお婆ちゃんという人も明治女で骨太で、おんぼうが骨壺をお茶の缶みたいにとんとんたたいてましたが、中川さんはそうしても入りきらなかったということらしい。仕方なく入らない分は別に持って帰ってきたんでしょうが、ある時そのお弟子さんが中川さんの奥さんに頼まれて、先生の遺品の整理に伺ったらしい。すると奥さんがにこにこして「あれ、良い入れ物が見つかったのよ」と。もちろん「あれ」とは骨壺に入りきらなかったカルシューム。奥さんが見せたのは、生前中川さんがいろんな作品をシリコン封印していた瓶、それが余っていたんですね。瓶の中に白い彼の骨が入っていたそうです。つまり彼、最後に自分を封印しちゃったていうお話し。

あらためて、ご冥福をお祈りします。

調布で花火

2006 年 7 月 24 日

花火調布で花火を見てきました。写真はインチキです。撮ったことは撮ったんですが、IXY Degital Lではマニアル撮影は出来ませんから、空の出来るだけ暗いところでシャッターを切っておいて、花火のはじけそうな所へカメラを振ります。ズーム使うとうまく入らないだろうと、広角側で撮ったもんですから、花火が小さい。で、ちょっとインチキ。三枚を一枚に。風がなかったので、煙の中で花火がはじけるような案配で、ちょっともったいなかったですね。花火見るの三十年ぶりぐらい。熱海の海に面した料理屋の二階から見て以来。この頃の花火はテンポが速い。一時間に何万発、なんて言うのが人寄せになるせいでしょうか、次から次に上がっていきます。景気はいいんですが余韻がない。消える最後、あのはかない感じを見る前に次の花火が上がって空が明るくなってしまうので、ひたすら派手やか。子供時分に感じた、華やかで、同時に消えゆく寂しさも感じたあの感覚は味わえませんでした。まあ、でもきれいでした。ひたすら景気よく、ひたすらスピーディ、アベック、家族連れ、一人、男同士、女同士、様々な組み合わせで皆さん見物。
すっきりしました。日頃の行いがいいので花火の間は雨無し。花火が終わったら、雨が来ました。どうだ!