2006 年 6 月

チェーンリング

2006 年 6 月 17 日

自転車のチェーンリングこれはチェーンリングと言いまして、自転車の前の方の歯車。48枚の歯がチェーンをしっかりと銜えて、ペダルからの力を後ろのギアに伝えているわけですが、これを取り替えてみました。去年私の愛車のコンポーネントをシマノのSORAというものに換えたんですが、ただシマノというだけであとはなにも言わずに自転車屋さんにお願いしてしまったんですが、自転車屋さんが付けてきた前の歯車が52枚。非力な私にはこれがちょっとキツイ。先日人形町から大井町まで行ったんですが、帰りのルートを間違えて六本木通りを戻ってしまったんです。車で通っているとわかりにくいでしょうが、この六本木通りというのは実に無駄なアップダウンが多いんです。何度か上り下りして、とうとう最後に自転車降りて押してしまいました。これは、チャリンコ(昔はチャリンコって云うとスリのことだったんですがねえ)小僧としては、かなり屈辱的なことでして、ああ訂正します、チャリンコじじいとしては、でしたね。まあ小僧でもじじいでも若造でもいいんですが、自転車に乗っていて坂道で降りて押さなければならなくなるっていうのは悔しいんですよね。そこで、色々探してスギノというメーカーにあった48枚の歯車にかえたんです。コレガですね、たった四枚の違いですが、実に大変な差があるのです。驚きました。自転車にはほとんど無知なんですが、それだけによけい驚いてしまいました。元々私の自転車はブリジストンのRD-530Aという安物なんです。今でこそ自転車は随分安くなりましたが、昔はけっこう高いものでした。スポーツ車はたいがい10万ぐらいしていたんです。そんな時代に確か4万ぐらいで売り出された大衆スポーツ車とでも云うんでしょうか。随分ながく乗っています。その間にタイヤ交換は前後一回ずつ。チェーン交換一回、コンポーネント交換、そのほかスピードメーターやらちかちかするライトやらいろいろ付けたりして、かれこれ十万円ぐらいにはなっています。自転車に詳しい知人には、「最初から10万払えば、そんなの全部揃ったもっといい自転車買えたのに」って言われちゃいましたが、そう言うもんじゃないですよね。安いと思って買ったんですから、最初は。それがなんだかんだと付けたり取ったりしていたらそうなっちゃったということなんですから、仕方ありません。近所の自転車屋さん、そういう私を見て新しい自転車すすめると思うでしょ。でもすすめないんです。乗り物は乗ってると愛着わくからね、なんて言ってます。「わたしも中学の時買ってもらった自転車、まだ取ってありますよ」とか言って、てんで商売っけが無いのがいいんだか悪いんだか。でもこれでもう何年か、じじいがくそじじいになるころまで、この自転車に乗れそうです。ホントは再塗装したいんですが、全部部品を外してフレームとフォークだけにして持って行かないとやってくれないそうなんで、それも結構面倒ですからついこのまま、はげちょろけで乗ることになるんでしょう。あと、サドルもかえたいんです。ビンテージもののスポーツカーに凝って、部品いろいろ取り寄せてる人から見ると、なんともチープでたわいない道楽ですが、これが分相応というもので、人間はなんでもその辺のところで喜べるように出来ているのが不思議です。

雨やどり

2006 年 6 月 16 日

猫が雨宿り やどり、っていうのがどういう意味か分からないけれど「雨やどり」の意味はみんな知っている。宿借りが縮んでヤドリ、なんですかねえ? このタイトルの名曲もありましたが、映画のワンシーンにも詩の一節にもよく使われる言葉。温帯モンスーンの日本の田園、村、里、町のにおいまでもが伝わってくるような言葉。誰が使い出したかは知りませんが、もの凄いセンスの人がいるものですねえ。

写真はコンデジの限界見本ではありません。昨晩の雨の中、よくうちの裏に来ているきじ猫の三兄弟。はじめは排気ダクトの下に三匹が折り重なって寝ていたんですが私がそれに気づいてバッグからカメラを取り出したり、傘を斜めにしたりして構えているうちに三匹バラバラになってしまいました。ここは雨が当たらないんでしょうか、雨の日には良くここに猫がいます。ホームレスといわれる人たち、テントなんかも無い人たちは雨の日はどうしているんでしょうか。猫だって、みんなどうしているんでしょう。気持ちのいい暖かで穏やかな日には、それこそなにからも束縛されず天地の間に己の身ひとつをのんびりと遊ばせていればいいわけで、その至福の代償が雨やどりの場所探しなんでしょうか。そうすると人は安心と平穏の代償に服従や忍耐を受け入れているわけ? それが生きるということなら、生きることの意味は? でもその服従や忍耐の日常に、愛情や友情がしみこんできて人に勇気ややる気を起こさせているんでしょうね。一体、この宇宙や人や生きものをつくったデザイナーはどんなセンスの持ち主だったんでしょう。アメリカの一部のキリスト教原理主義者はダーウィンの進化論を認めない。すべては神が作ったと言ってはばからない。そればかりかそういう教科書をつかう州がいくつもあるとか聴きました。ほんまかいなと思わされますが、科学者の中にもダーウィンの進化論の「適者生存」をまゆつばと言う人もいるらしい。でもそれは実証的に反論しているのではなく、論理的に反論している。元々進化論そのものが実証的じゃ無いんですから。猿を何億年眺めていても人間にはならないだろうな、という素人の予感みたいなものは私にもありますが、その人の言うのは違う。地上に降りた猿がすなわち人類の祖先。猿は人に進化した、と、ここに矛盾があるというわけです。猿は樹上生活者です。ここで適者とは樹上にもっとも適するものが上位です。木から下りるものはむしろ敗者です。その敗者が人に進化したというのはすでにダーウィンの進化論はうちに矛盾を抱えているという指摘です。この論理はダーウィンを打ち砕くほどのインパクトはなくとも、苦笑させる程度の圧力はありそうな気がします。論理学や哲学は科学の進歩に伴って、大きく変貌します。科学哲学というような学問さえあります。ただ哲学は宗教と違って絶対的な真理などは提示しません。宗教ほど大胆でなく自信に満ちてもいません。もっと臆病で緻密なんですね。ですから科学の進歩という現実に柔軟に対応していく。言葉を代えれば日和見的なんですね。このあたりのことがわかりやすく、歴史を物理学というたて軸で解説している本があります。山本義隆の「磁力と重力の発見」。全三巻の大著ですが、私が教わった物理の中で、私が習った歴史の中で一番面白かったと推薦できます。みすず書房刊。毎日出版文化賞もとったので、ご存じの方もあるでしょうが、お奨めします。

で、なんの話しでしたっけ。ともかく雨やどりの猫たちを見て人間一般のと言うより生きものすべてのものの哀れを感じた、と言うお話し、でした?

こんな事やってる場合じゃない!

2006 年 6 月 12 日

こんなもの作ってみました。いつもおいしいものを頂くAWZさんがインクスタンドを作ったというので、私もこんなものを作ってみました。PX-5500用のインクカートリッジにPX-9500用のインクを注入する際に使うスタンド。至極具合がいいんで我ながら喜んでいるんですが、ホントはこんな事してる場合じゃ無いというお話し。お世話になっている新藤さんのサイトにこんな記事が載りました。ちょっとびっくりです。これを読んで思い出したんですが、私はこれに似たような話をもう二十年ほど前に言われたことがあります。D社のGさんという方にあるところでお目にかかり、「今度作品見せて下さい」といわれたのを真に受けて築地まで作品抱えて伺ったんですが、その時用件を終えたあとGさんが仰ったんです。「風間さん、これからはフリーのブツ撮りカメラマンはいらなくなりますよ」穏やかに仰ったんでその時は、はあそんなもんかなと思って聞いていたんですが、要はブツはプロダクションでモデルや小道具、場所のセッティングまですべて含めて一括でやるようになるでしょう、ですからフリーで生きていこうと思うなら、作品を作りなさいということだったんです。その時同席して下さった別のディレクターからも「今度は仕事の写真ではなく、風間さんの写真見せて下さいね」とも言われました。私が作品を作り出したのはこの時からです。それほど差し迫った思いにおそわれたわけではないんですが、業界のトップがそういうんだからきっとそうなるんだろうな、ぐらいの気持ちでした。かれらもこんにちのデジタル時代を予感してそう言ったわけでは無いと思います。ケチな仕事を抱えて筑地へ売り込みに来た馬の骨に、親切心で教えてくれた今後の見通し、ということだったんでしょうが、時代は思わぬ方向へ進んで、しかも彼らの言ったことを言い当てる様なことになったんですから、皮肉です。でも、撮影プロダクションというもののほとんどがバブルの崩壊とともに消え去って、残っているものも大手の傘下に入る始末。結局フリーのブツ撮りカメラマンは減ったとはいえいまだにあちこちに生息中、確かに絶命危惧種ではありますが。ところがそのワシントン条約に登録されそうな稀少生物に今度は致命的な天敵が現れたということです。それはCAD。建築やパッケージデザインから始まったこのソフトは今やあらゆるところで、デザインの起点となっています。自動車のカタログ、実写に混じってかなりの数の三次元CGが混じり込んでいます。この分野は間違いなく今に撮影は消えます。ここでも残るのは作品的なテイストで写真が撮れる人。まったくD社のディレクターたちが言ったとおりの世の中になりつつあります。ここまで読んでこられてカメラマンでない方々はなんか変だな、とお思いでしょう。そう、本職の写真家なんだから、作品作るの当たり前なんじゃないですか、っていう疑問。これが、なかなかそうでもないんです。ですからそれを糊塗するために仕事で撮った写真をいつのころからか「作品」と呼ぶようになったんです。忙しい人ほど、売れてる人ほど作品は持っていない。売れなければ食べられない、売れれば作品作る時間がない、ということになります。器用な人はロケ地でモデル撮影の合間にちょっと振り向いてパチ、こっちは作品なんて人もいると聞きましたが、まあ真偽は定かではありません。どう撮ろうと良ければいいんですから。作品作るのには時間はもちろんですがお金も相当かかったんです。フィルム代、ポラ代、現像代、引き延ばし代。どれを取っても安くはありません。一回の撮影で十万単位でお金が消えます。ですから作品作るためには仕事をしなければならず、仕事が軌道に乗ってくれば時間が取れない。こんな二律背反にまじめなカメラマンほど陥ってしまうのです。でもこれからはフィルムもポラも現像もいらないんですから、作品作りの環境は好転してきたと言えますね。さあ、頑張って作品を作りましょう、なんて思ったら、今度は才能の無いのに気づいたなんて笑えない現実を思い知らされてしまうんです。で、始めにお見せしたようなどうでもいいようなものを作って、自分をごまかしている始末なんです。十月一日からの展覧会、まだなにも出来ていません。今、焼肉の写真ばかり撮っています。焼肉は撮るものではなく、喰うものだということにも気が付きました。なんでも気が付くのが遅いみたいです。

序列

2006 年 6 月 9 日

猫猫 上の写真「親分」の近影です。かつては人形町二の部に君臨するボス猫でしたがこの頃すっかり序列が下がってしまって、しかもおどおどしてなんだか覇気がないんです。私が鬱々としているときに、こいつもこんなに弱気になってしまうとなんだか相互作用が働いてますます落ち込んでいきそうです。かつてはこういう目はしませんでした。もっと、「人間なんて、なんだ!」というような目でこちらをにらみ付けていたんですが、このおどおどした様子は一体どうしちゃったんでしょう。顔全体がすりむけて、毛が逆立っていたのはだいぶん直ってきましたが、相当酷くいじめられたに違いありません。その虐められて瀕死の状態を見た仲間が、彼の順位を落としていったということでしょうか? 助け合わないのか? なんて思ったりします。動物の世界は人間の目から見ると残酷とも思える程に老いてゆくものに対して苛烈です。親分も随分ながく二の部に君臨していましたから、そろそろ引退も仕方ないのでしょうが、力が落ちてゆくと餌取りもままにならない。誰かが取ってきてくれるわけでもない。若いときは苦にしたことも考えたこともない餌取りの不自由さが、もの凄く重くのしかかってくる。このあたり、われわれフリーランスに似ていますね。若い時はただ忙しいと言うだけで、そのことに文句は言っても仕事が無くなるなどということは毛ほども考えなかったのが、段々どうやって仕事をもらおうかと考えるようになる。考えたときはもう手遅れなんて事は、その時になるまで分からない。やっかいなものです。

で、若者たちはこんなにのんびりとしています。毛づやもいいし、うらやましいなあ。なんて親分は思っているかも知れません。親分のまわりにぱらぱらと落ちているのは私の燃料を買いに行ったときに安売りをしていた「銀の匙」でもこれを撒いただけて逃げていきます。しばらく経って、それから用心深く撒かれた餌によってきますが、この時はたまたま周りに誰もいなかったから親分も食べられましたが、普段は大概親分がぱっと逃げるのと入れ替わりに、若者はさっと近寄ってきます。判断力、勇気、積極性、そのすべてに於いて親分は老いたようです。これをまっすぐ受け入れるのも結構エネルギーを使いますね。本当に悲しいかな、人間はどんな些細なことも経験しないとわからない。頭で分かったものはクビから下にはやってこない。ですから心臓や腹へはおさまらない。その時が来て初めて「ああ、こういう事だったか」と合点がいく。これが頭から腹へ納まれば、歴史は同じ事を繰り返すはずがないんですけどねえ。面白いといえば面白い、あわれといえばあわれですねえ。

「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」ですかねえ。この写真の左側、ゴミ袋に包んであるのは撮影でたった一度使用した床材。「処分しといて下さい」って言われたんですが捨てられない。猫にやられないように使わなくなった真っ赤なデコラを切ってカバーしてたんですが、やっぱりやられちゃいました。お天気が良くなったら再梱包します。

ヤーコンと合唱と村上不安度と駐禁

2006 年 6 月 4 日

合唱

村上ファンドに司直の手がはいる、と世間はかまびすしいですが、そして言い当てましたね、と言うような意味のメールも頂きましたが、ちょっと違うのです。村上ファンドでもホリエモンでもあるいは株の売買でも、それは資本主義経済の下で正当な経済行為なのですからかまわないわけです。彼らは最初から不法行為によってその地位を築いたんではなく、ちゃんと法律の範囲内で成功を収め、その地位とお金を得たわけです。その後、たまたま行った不法行為によって、司直の手入れを受けるようなことになってしまったわけですが、そもそもは正当な経済行為だったわけです。ところが、こうなってみるとマスコミもこぞって彼らを非難否定しますが、その一事だけを取り上げて彼らのそれまでのすべてを否定してしまうのはお門違いというものだろうと思います。私は彼らが不法行為を働いたかどうかには関心がないんです。むしろ彼らの順法精神にのっとった最初の経済行為、正しいと思われているその行為をこそ、問題だと思っています。株を買って高値で売り抜けるとか、右にあるお金を左に移すことで利ざやを稼ぐとか言う行為は法的には認められていますけれども、人の営みとしては悪だとわたしは思っています。経済行為というものは、あるいは労働というものは形はどうであれ何かを作ったり、支えたり、した対価でないといけないんじゃないかなあ、と思っています。なにも生まない経済行為というものは百姓が作物を作り漁師が魚を捕り、医者が病気を治し、芸術家が感動を生み出し、スポーツで連帯や協力を教えてくれるのとは違って、それらの人々が人の世の中に作ってくれた様々なものを搾取するだけの行為だと思えてならないのです。ですから私は彼らの違法行為を非難しているんではなくて、遵法であった商行為そのものを非難しているんです。まあ言いがかりですね。悪い事していないのになんで非難されなきゃならないんだと言われるでしょうね。でも私は敢えて言いますが、あれらはまちがっている。
なんてね、すっかり鬱状態を脱してハイになってるみたいですが、上の写真、先日5/28に墨田トリフォニーで行われた男性コーラスのリサイタルの一こま。この中に知人がおりまして、大勢で聴きに伺ったわけですが、本音はその後の一杯が目的。でこの中にいる知人ですが先頃ながくつとめた聖路加国際病院を勤め上げてリタイヤされたんですが、この方に私は大変お世話になりました。某大手銀行の支店長だったときにお金を貸して頂いていまの住まい兼スタジオを作ったんですが、その辺の話しは長くなるので割愛。で、この方が聖路加へ出向の形でいかれてそのまま財団理事と事務局長を兼務されることになったんです。何年かして有名なワンマン院長に理事は辞めなさいと言われて兼務から解放され、先日無事に退職の運びとなったわけであります。私がおなかが弱いことをご存じで、ご自身も愛用のヤーコンというものを下さいました。

ヤーコン

まだ食べてみてないんですが、近頃評判の食材だそうです。で、再び話しは飛ぶんですが、駐禁の話し。駐車禁止の摘発行為を民間に委託。あの、タイヤにチョークで線を引いて、引かれた方はちょっと動かし、そこへまた線を引き、という繰り返しに辟易した警察が、それらを民間に委託してもう線なんか引かない、写真撮って即違反! ってことにしたんですね。これに初日に機材トラブルがあったりしたもんですから、マスコミから思い切りたたかれています。宅配業者は困ってしまう、介護サービスは駐車料金を被介護者に請求することになる、とか、この民間委託には様々な非難が寄せられていますが、ここでもへそ曲がりな私は「?」です。運送屋さんが困って経済行為に悪影響が出る? 介護を必要とする人の負担が増える? 運転中は急病にもなれない? などと言われますが、まあ最後の病気は別としましても前二つは理由にならない理由なんじゃないですか。そもそも今度の民間委託で法律が変わった訳じゃありません。法律はそのままなんです。ですから今までだってそれらの行為は駐車違反だったんでしょ。だとするならその商行為は不法行為を前提とした商行為ということになりませんか。はじめから二人乗って仕事しなきゃいけなかったんでしょ。その上で単価を決めなきゃいけなかったんでしょ。マスコミは行政をたたきますが、本来は今文句を言っている業者の姿勢の方が問題なのです、と私は思います。法律は厳しく適用されたからと言って文句を言ってはいけないんです。守れない法律なら法律を変えるべきであって、その運用で事を納めるべきではないんです。法律を恣意的に運用すると、汚職や犯罪の温床になります。法の下の平等だって守れなくなります。なんだか駐禁で文句言ってる人、ちょっと筋違いって思っています。厳正に対処して欲しい。銀座の黒塗りにステッカー貼れるのかな?! 右翼の街宣車が昼飯喰ってる間にちゃんとシール貼って下さいね。

ラッキョのしょう油漬けとアダモ

2006 年 6 月 3 日

毎年近所の八百屋さんにラッキョの大きいのが入ったら取っておいて下さいね、と頼んであります。今年も電話がかかってきたのでもらいに行きました。鳥取の砂ラッキョ。泥ラッキョもおいしいんですが始末が大変なので、いつも砂ラッキョを頼みます。5キロ。へたと根を取って洗います。
ラッキョの漬け方は千差万別、ネットで調べると分かりますが皆さんそれぞれのやり方があります。「ラッキョは漬ける前に水に入れてはいけない、パリパリしなくなるから」っていうの読んだことがありますが、そんなことしたら始末しているうちに葉が出て花が咲いちまいます。これだけのことをするのに小一時間かかります。らっきょ

らっきょその後、洗って甘皮を取り去ったり傷になっているところを取ったり、ついでに細かいところはぽりぽりやったり、ビール呑んだり、けっこういそがしいんです。このままみそつけて食べるのはとてもおいしいんですが、調子に乗っていると、食べ過ぎますからほどほどにして、と言っても十四五粒は食べました。さてここからが秘伝!これネットでまだ見たことがありません。たぶんホントに秘伝、ですから皆さんもラッキョを漬けるときはご参考に。昔フジテレビにOさんという人がいました。ヒデキという名前なんですがみんなフデキと呼ぶ、ディレクター。当時フジの看板番組だった「ミュージックフェアー」を担当していました。ヒットはアダモと森進一を共演させたこと。このミスマッチが番組的にも音楽的にもぴったんこ。実に大評判を取ったんですが、このフデキさん定年前にあっさりと退職。毎日夜回りと称して、あちこち飲み歩いていますが、この人のおうちに昔から伝わるラッキョ漬けの秘伝、を教わったんです。ラッキョは塩漬けでも、甘辛漬けでもなんでもおいしいんですが、終わり頃になると柔らかくなってパリパリ感が無くなっておいしくなくなっちゃいますよね。ところがこれをすると、最後までパリパリ。なに漬けの時でもやってみて下さい。なんのことはない、上のように始末のすんだラッキョを熱湯であおるんです。さっと一浴。それだけ、あとはそれぞれのご家庭のレシピで漬けて下さい。これで最後までパリパリ。フデキさんのヒットはこれとアダモ+森進一。「なんでアダモと森進一を共演させようと思ったの?」「声が似てるじゃん」ですと。我が家ではこれを生醤油に漬けます。なにも入れません、タダのしょう油。毎年、生醤油をへった分だけ足すだけ。これもおばあちゃんの置きみやげです。実においしいですよ。もしおやりになるのであれば、最初の年だけはかつ節のかけたのひとかけと根昆布を適宜入れて下さい。要するにうまみが出ればいいんです。入れっぱなしにしておくとうまみが強く出すぎて味がくどくなりますから、翌年漬けるときは全部取りだして下さい。人工のうまみ調味料は絶対に入れては駄目。最初の年だけは夏を過ぎるまでは食べられません。食べて食べられないことはありませんが、タダしょっぱいだけでちっともおいしくありません。知り合いで気の早い人にこれを言うの忘れて、全部ラッキョを捨てちゃった人がいますが、短気はそんきです。夏を過ぎると味が劇的に変化するんです。泡が出て、腐ったんじゃないかと思うほどですが、ほっておけばそれも消えます。うちのはもう何十年も経ったしょう油ですから、明日からでも食べられます。最初の年だけ、我慢して下さいね。これをそのまま食べてもいいですし、輪切りにスライスしてそうめんの薬味にしてもおいしいんです。仕事しないで、こんなことばかりやっていますが、大丈夫、間に仕事も時々やっていますから。