技術
2006 年 1 月 31 日こんな写真を載せて「技術」と言うと、偽装マンションを思い浮かべるでしょうがそれは全く関係がありません。実は昨日古くからの友人(先輩ではありますが)の絵のグループ展のオープニングに行ってきました。三十数年のお付き合いですがこの人に会うまでは私はファッションのデザイナーと言う人たちの技術について何も知りませんでした。車のデザインをするなり、建築のデザインをするなり、あるいはパッケージのデザイン、ボトルのデザイン、椅子、家具、器、ともかくありとあるデザイン作品の発案者であるデザイナーはみんな仕上がりに至る詳細な図面を書き起こしますね。その上でモデルやレプリカを作成してそれを元に、それぞれ専門の加工業者の手で具体化される。そしてその具体的な形になったものが我々の前に現れる。
ですからファッションショーなどで最後にステージ現れて美しい、あるいはそうでもない、でも華やかなモデル達に囲まれて登場するあのファッションデザイナーという人たちも自分の描いたラフスケッチから具体的な仕上げに至る設計図のようなものを描いているんだとばかり思っていました。でも、三十数年前にこのグループ展に参加されている彼女が独立してイッセーさん(三宅一生のことです)の仕事を引き受けるようになって、そのアトリエへ仕事ぶりを見せてもらいに行ったときに初めて「ファッションデザイナー」の仕事というものを知ったんです。彼女は顔のない人体模型のようなものに(トルソって言うんでしょうか)真っ白な布を様々に切ってピンで留めて洋服の形を作り出して居ました。ときどき彼女が目をやる机の上には一枚のデザイン画が置かれています。
我々の世界で言えばラフスケッチのようなものでした。イッセーさんの描いたデザイン画のコピーだそうです。私はその時初めて、パターンナーという仕事を知ったんです。つまり彼女、仮にU子さんとしましょうか、そのU子さんはパターンナーで三宅一生さんはデザイナー。「三宅さんのデザインって、そのスケッチ一枚ですか?」「そうだよ」私はびっくりしましたね。私の目から見ればU子さんのやっている仕事こそデザインだと思いました。平面に描かれた、それもかなり情緒的な一枚の絵を実際に人が着られるように三次元化していく。しかもドレープのかかり具合などスケッチの通りに再現しなければならない。そうして彼女が今布を縦にしたり横にしたり斜めにしたりしてハサミを入れてゆくと、しだいにその人形にピンで止められた布の総体が机の上のデザイン画の通りになって行く。つまり洋服を着ている女性をスケッチすれば一枚のスケッチ画が出来上がりますが、U子さんの仕事はそれを逆にたどる作業なんです。すごいことだと思いました。そうやって彼女が作った布きれの総体をバラバラにして紙に移すとそれが型紙となります。その型紙から今度は縫子さん達が洋服に仕上げてゆく。ですからパターンの善し悪しがデザインを決定してしまう、洋服デザインの作業のなかで中核に位置する仕事がパターンナーの仕事。「この業界は人を育ててこなかったから、いまだにアタシなんかが忙しいのよ」って言ってました。
でもそのU子さんがイッセーさんとやった仕事の中で一番むつかしかったのは、実は洋服ではなくて緞帳(どんちょう)、あの劇場のステージからぶら下がっている豪華な幕のことですが、それが一番難しかったそうです。フランスのルーブル美術館の脇に国立劇場があるんですって? 私は行ったことがないので知らないんですが、そのルーブルの大改修の時にその劇場の緞帳のデザインがイッセーさんに来た。で、イッセーさんはスケッチを描いた。それをU子さんはパターンにおこした。そして模型もできた。劇場側のOKも出た。さあ、実物、というところで大問題がおきたそうなんです。この緞帳の見せ所はその高い高い天井から美しいドレープを描くところにあります。天井の高さは忘れてしまいましたが日本でよくある舞台の数倍ほどの高さだそうです。これだけ高く、つまり緞帳の方から言えば長い布になると、布自身の重さで下へ強く引っ張られるような形になって、模型ではきれいなドレープが再現できていたものが、実物になると、ただ、だだっ広い布がすとんと上からぶら下がっているだけになってしまう。「あのときの、ドレープの再現が私がやった仕事のなかでは一番むずかしかったね」とU子さん言ってました。
そのU子さんのグループ展に行って、銀座の真ん中のビルの三階の画廊からトイレに行きたくなってひとつ上の階へ行ったらそこが空き家になっていたんです。古いビルなので備品が取れてしまうと廃墟のようになっています。そこでひとつ写真を撮ったのが上の二枚。ですから話しとはなんのつながりもないのですが、U子さんつながりということで。
明日から二月です。もすぐ節分、そして立春。今年は春が待ち遠しいですね。