2005 年 10 月

LEICA D-LUX 2

2005 年 10 月 24 日

LEICA D-LUX 2LEICA D-LUX 2もうじき発売になるらしいLEICA D-LUX 2です。価格は9万ぐらいらしい。らしいらしい、であやふやですが、これはチョット欲しいかも。コンパクトデジカメとしてはRAW対応。しかもAdobe DNG対応(ガセでした、ごめんなさい)。でもどこかで見た形に似ている。どこだっけ?

そう、発売前に結構話題になったPanasonicの LUMIX LX1(05/7/21発表)なんです。そういえばLX1にはライカDC VARIO-ELMARIT 8群9枚というのが付いていました。そしてこれにもRAW撮影が可能という売りがありました。7月に亡くなった中川さんの「偲ぶ会」に出た時にこのLX1の黒をポケットから取り出した人がいたんです。流石に早いですね写真家の集まりではもう持っている人が居たんです。アスペクト比16:9という画面を実現した上にライカレンズ、RAW、しかもコンデジとくれば触手がのびるのは致し方のないところでしょうか。でもこの時チョット気になることを伺いました。Panasonicは「RAW現像ソフト開発する気がないみたいなんですよ」とのこと。「え、じゃあ何で現像するんですか?」「SYLKYPIX」ってことでした。「ナアル」と言い掛けて、それって変ですよね。「変ですね」話はこれで終わってしまったんですが、その大元が出現してくるって言うではありませんか。今年中に発売されるみたいですよ。詳しいことはhttp://dc.watch.impress.co.jp/cda/compact/2005/10/03/2406.htmlで。私は新しい機材には臆病なタチでして発売前に予約をかけて即購入と言うことはできません。まあ半年から一年様子見をして買うことになるかも知れません。そうなるとDiaryの写真クオリティーが上がることになるか、荒が目立ってくるか、それはまあそうなってからのお楽しみと言うことで。久しぶりに写真のお話でした。

追:忘れてました。LX1と違ってMac対応みたいですよ。

写真はすべてライカサイトから拝借しました。

祭りのあとpart2

2005 年 10 月 23 日

「祭りのあとのさびしさが、いやでもやってくるのなら…..♪」とうたったのは吉田拓郎ですが、じっさい寂しそうでした。通りの片づけはあらかた済んで、あとはこの神社に残った提灯をはずすだけ。イントレ一台に男女ふたりで片づけてました。境内はすっかりきれいになって、猫が裏口から社務所の縁の下へもぐっていきました。こちらは掘留の椙森神社。まだこちらは良いんです。本家の寶田神社は下の写真の通りで、さびしい限りでございます。なにせここは19日の写真を見ていると左右の紅白のまん幕でわかりませんが、じつはこうなんです。コンクリートの鳥居の奥に本殿のお社。それも下町らしく九尺五間、まるで長屋です。そうして左右はコインパーキング。もとは住宅があって、町の中の小さな神社という感じでとてもよかったんです。その町なかのささやかな神社にベッタラ市の時だけものすごい数の露店と人とが集まって、何とも暖かい雰囲気だったんですが地上げの結果こんな姿になってしまいました。地上げした人はここがそういう場所だってことを知っていたんでしょうか。知らないで、神社部分もなんとか買い取れると思ったんでしょうか。とんだバチあたりです。
楽天の三木谷さんも有頂天で大活躍ですが、金の話しばかりでTBSが先ずもって報道機関であるという視点が完全に欠如してしまって居るのには驚かされます。TBSの視聴者に楽天のサービス券を出すとか言う前に、今後の報道姿勢をどうするかを言って貰いたかったですね。底の浅さが露呈してしまって、こういう人は他人を見る時成功した自分を高みに置いて他人を見ますから、人に対して誠実とか寛容とかが欠落していきます。まあ、「金が仇の世の中で、どうか仇に巡り会いたい!」っていうのはありますけど、お金ばかりでもねえ。はなしが脱線しました。広告写真屋が言うべき言葉ではないんですが、「そんな奴の仕事はいらねえよ!」といえるのがフリーランスの良いところでして、それで自分の首を絞めることしばしばなんですが、悪いクセは直りません。
なんだかこの寶田神社の姿を眺めているうちに、無性に腹が立ってきたもんですから。失礼しました。

またまた人形町の猫 6

2005 年 10 月 22 日

猫夏に町内嫌猫家の皆さんの強い要請を受けて役所から借りた猫用トラップで猫の大半を捕獲、避妊手術を施した結果人形町二の部町会の芳味亭ブロックの猫は激減…… って思うでしょ。確かに6/17に比べれば減りました。がそれはのらくろと寄り目ちゃんの間に生まれた子のうち、より目ちゃんそっくりなより目ちゃんJr以外が育たなかったためです。原因は交通事故。大概は早朝の新聞輸送トラックにやられるみたいです。人形町では猫は8才以上には育ちません。餌がないせいではなく(これは内緒の、ここだけの話しですが○味亭には若いコックさんが二人います。あとはみんな昔からの職人さんですが、この若い二人がどうも猫に餌をやっているらしいんです。Sさんがこの若い人たちに○味亭の裏にいる猫を捕って下さいと頼んだら「ヤーダ、ペッ」って断られたそうです。ハハ、私はまた若い衆は猫いじめてると思ってました。だって乱暴狼藉この上ない程時には暴れてますからねえ。発砲のトロ箱なんか散乱させているのはしょっちゅうですし)話が横道にそれました、ですから餌不足ということはありえないんです。みんな交通事故でやられます。天敵はトラックってことですね。それで数の安定化が図られているっていうのは、チョット複雑ですね。

猫

この日は全員は揃いませんでした。みんな少し太ってきつつあります。冬毛になっていく途中みたいです。親分がずいぶんやせて顔が優しくなってしまったのがチョット残念。身体も幾分小さくなったみたいです。どういう加減でしょうか。

このほかに、芳味亭の裏を離れない親子が三つ、最初は五つだったんですが今は三つ、います。みんな避妊手術のあとで生まれた子達ですから?ですけど。この連中がみんな仲が良いんです。餌がもらえた時だけは、トラ2が凄い剣幕でほかの猫を牽制しますが、食べ終わればみんなで固まってじゃれています。餌の時に邪険にされたっていうことは後へ尾を引かないみたいなのが不思議です。人間じゃあありえませんものね。左下に写っているのは銅のコースター。昔我が家の祖母が白内障で、今のように白内障の手術が発達する前で、完全に見えなくなるまで手術ができないという頃でした。ところが全盲になった時点で手術はできるようになったんですが年齢が88才、血圧が200。医者が命のやりとりに近いと言っておどかしたもんですから、祖母は目が見えないままで良いって言って、結局それから死ぬまでの7年間を全盲で通しました。その時期に母が目に良いからって、銅の洗面器を買ってきたんです。祖母は毎日それで顔を洗って、目の良くなるのを待っていたんですが…..。それを思い出して、より目ちゃんとより目ちゃんJrのためにこの銅のコースターに牛乳を入れてあげたりしますが、大概はトラ2が真っ先に呑んでいるようです。まあそんなこんなで、猫たちはみんな元気でやっております。何人かの方達から猫はどうしてるっていうお尋ねがありましたからチョットご報告です。

ひま人がGoogle言語ツールで遊んでみたら

2005 年 10 月 20 日

月先ずは表題と関係のないゆうべの月と火星。三脚がなかったのでガードレールに傘を立てかけて、その柄の上にカメラを保持して撮影。結構撮れるもんです。でも見た感じは写真よりずっと火星が月に近付いていたんですけど、午後九時半頃の空でした。
そさてそれでは表題ですが、10/18日、とてもとても暇だったので、自分にこだわってみました。こういう馬鹿なことはあまり人がやらないでしょうから、チョットご報告。「Google言語ツール」というものがあります。116ヶ国(中に四つほど変なのがありますが)の言語圏での同一キーワードによる検索が出来ます。何が面白いかというと、artというキーワードで英語圏を検索した時にトップに来るサイトがアラビア語圏ではずっと下位だったりとか、言語ごとのそのキーワードに対する傾向が見えるんです。で、馬鹿な私は自分にこだわってみたのです。私のホームページのタイトルが「風間雅昭写真アーカイブス」それの英語表記がkazama foto archives。ここでフォトの部分ですが普通は英語表記でphotoと書きます。わたしはfotoと書いています。これは友人のフジテレビのドイツ支局員(麗しいドイツ人女性です)と話しをしている時、私のホームページに話題が及んだことがありました。そのときに私が言った「フォトアーカイブス」に彼女が反応して、「エフオーティーオー?ピーエイチオーティーオー?」って訊いたのがきっかけで、それまでphotoだったものをfotoに変えた経緯があります。ドメインまで取り直しました。このfoto archivesにこだわってみたのです。

なんと中国(繁体)、台湾の方でしょうね、で326万件ヒットして第一位じゃありませんか。これはちょっとびっくり。じゃあ中国(簡体)ではどうかと思ったら、81位。これではまりました。全116言語圏でどうなるかを試してみたんです。これは結構日によって順位は動くんですが10/18の結果ということで。結果から申し上げますと、ドイツ語圏が最悪で800位まで風間雅昭写真アーカイブスは現れてきません。この理由はあとで申し上げます。で、そのほかはどうかといいますと英語圏で6位、オランダ、ヘブライ、韓国語圏で5位、フランス語圏で4位、スウェーデン、ラトビア語圏で3位、イタリア、カタロニア、スペイン、ネパール、ノルウェー、バスク、パシュトゥーン、パンジャブ、ヒンディー、ビハール、フェロー、フリジア、ブルトン、ベラルーシ、ベンガル、ボスニア、マケドニア、マルタ、マレー、モンゴル、ヨルバ、ラオチャン、ラテン、リンガラ、ロマンシュ、の25ヶ国で2位。ということは残る62ヶ国で第一位、という輝かしい結果。すばらしいじゃ御座いませんか、と、ここまではノー天気の風間でしたが、気付いてしまいました。つまりこれはphotoでなくfotoであることに起因して居るんではないか、ということに。ドイツで800位まで出てこないのがその証拠で、photoが一般的な表記のところでは高い順位でヒットし、fotoが一般的なところでは中々出てこない、ということじゃないですか。変だと思ったんですよ、私のサイトには一日30~40人の方が訪れています。でも私がリンクを張っている御同業者は一日一千ヒット、何百ヒットという方がいらっしゃるので、私がそんなに上位に来るのがおかしいんですが、でもまあこの結果は悪い気分ではありません。ネーミングの特殊性には目をつぶれば、200万300万ヒットの一位、二位ですから、結構自尊心をくすぐられます。これで一日1万ヒット、10万ヒットになれば最高なんですが、それには豊富で適確な情報が日々更新されてアップされるんでなくては出来ないでしょう。私のような暇ネタばかりを連ねているんではとうていそれは望むべくもありませんから、今いらして下さる30人の方に深く感謝を捧げる次第であります。皆様見捨てないで下さいね。
尚ベッタラ市は今日で終わりです、ご注意を。

ベッタラ市本番

2005 年 10 月 19 日
ベッタラ市

前日夜中の一時頃

ベッタラ市

人形町町会出店

ご存じ、ベッタラ漬け

ベッタラ市ベッタラ市まだ時間が早いために、それほどの混雑ではありません。掘留の、再三ご紹介している椙森神社の方も10年以上たって、すっかり板に付いてきた感じ。町内としてはご同慶の至りなんですが、元々は寶田神社の恵比須講に立つ市ですからこんな近所で同じ名前の市を立てて、文句が出ないかというと、全然そんな気配はありません。ですから年々エスカレートして何年か前からは市と市とが完全にくっついてしまって市+市=一、状態。呑気でおおらかで良いですね。結果ベッタラ市の規模は拡大しておよそ二つの町内に渡って露店が道の両側に東西南北何本も出ています。都内、近県の露店が全部ここへ集まってきたんじゃないかと思われる程の数です。数えてみませんが100店舗は優に超えて、200あるかもしれません(チョットオーバー?)。瀬戸物市とベッタラ市、人形町界隈もなかなかの賑わいです。昔は都電しかなくて陸の孤島だったんです。日比谷線が出来て、却って人は上野浅草へ向かい、さびれる一方かと思われたんですがどっこい生き残ったようですね。しぶといしぶとい、二枚腰。

禁煙と屋台のラーメン part2

2005 年 10 月 16 日

終電車二三日前の終電車です。いつも乗る後ろから二両目、珍しく誰もいません。例によって、体内をアルコール消毒しての帰りです。ただ、調子に乗ってアルコール消毒ばかりしていると恐ろしい目にあうのだそうです。アルコール依存症、俗に言うアル中に罹るのは分かるんですが、これはまあ自分でも分かりますよね。昼食を取る時にビールがないと我慢できない人はもう依存症でしょうね。私はまだ意志の力でこれを我慢できますから、依存症ではない、けれどそちらへ向かいつつあるとでも言ったらいい状態でしょうか。昨日伺ったこわいはなしは、突発性大腿骨骨頭壊死、美空ひばりがこれで亡くなりましたからご存じの方もあると思いますが、これなんかもアルコールの過剰摂取でおこることがあるそうです。タバコをやめて20年近くなりますが30過ぎて覚えたお酒が中々やめられません。タバコだって実に簡単にやめる人が居ますが私は相当苦労しました。一日にピー缶ひとつずつ吸っていたんですから肺臓を絞ればタールがびちゃびちゃとこぼれる程だったでしょうね。何度も禁煙に失敗して、しまいにはまわりから「もう禁煙しないで!」って言われるほどでした。「うーくるしい!」「あー吸いたい!」ってうるさいからです。でもさすがに7,8回失敗した頃になると、自分で自分を疑いました。「おれはそんなに意志が弱いのかなあ」なんて。それで自分を試してみたんです。ここで禁煙できないようなら、この先何をやっても駄目だろうって、そんな薄弱な意志では何も出来ないだろうって。つまりベクトルが禁煙から自らの意志力の確認へと移っていったんです。こうなると本気になります。何せ自分で自分を判定するんですから言い訳はききません。万全の体制を整えました。先ずそれを始める時期です。人に会わないで済む時期、正月にそれを設定しました。たばこ屋さん休みですから。そうして身の回りの小銭を全部銀行に入れて、何かあった時のために1万円札一枚だけポケットへ。ベッドのまわりへ水と若干の果物。そしてNHKが行く年来る年を始めた時に最後の一本。もうこの一本しかタバコはありません。そうして吸い終わると、元日。5分10分がとてつもなく長く感じられて、一時間が一生のよう。辛くて辛くて、何をしてもまぎれません。タバコのこと以外はなにも考えられません。ただひたすらに、すいたい、がまん、すいたい、がまんの繰り返し。やっと三時間たちました。後で考えるとこの始めの三時間がもっとも辛かったみたいです。のべつまくなしに吸いたい吸いたいと思っていたものが、すこうしずつ間遠になって行きます。その代わり時間をおいて襲ってくる吸いたい感覚は却って強くなりました。脂汗が出てきて、体温も下がってゆくような感じがします。眠れば吸いたい感覚から逃れられるから寝ようとするんですが、眠れません。ひたすら水を飲んでトイレに行き、トイレから出ると水を飲むの繰り返し。激しい悪寒と吐き気が襲ってきます。とうとう三日目の夜中にタバコの自動販売機の前に一万円札を握りしめた自分の姿を見ることになります。でも当時タバコの自販機に一万円は使えません。ここで両替しておいたことが吉と出ました。
こうして魔の三日間が無事に乗り切れました。この最初の三日間が乗り切れれば禁煙の半分は成功でしょうね。ここから先は意志の力が働きます。言い訳さえしなければ成功です。一番強い誘惑は「あの辛い三日間が乗り切れたんだから、もう禁煙は何時でも出来る」という誘惑です。だから一本ぐらい吸っても大丈夫だよ、と悪魔が囁くんです。この誘惑は三ヶ月ぐらい続きます。その後三年間程は月に一度か二度猛烈に押し寄せてくる吸引欲求さえ凌げばいいんです。三年たてばもう大丈夫です。喫煙していた時の反動で、猛烈にタバコのにおいがイヤになります。吸っている奴が許せない、と思う程嫌煙家になります。広い講堂の隅でたった一人がタバコに火を付けてもにおいを感じる程になります。そうして苦労して禁煙に成功した人の大概が経験するのはこの頃になってみる夢です。よく知った人が大勢居ます。そのみんなの目が自分に注がれています。しかも好意的な視線じゃありません。なんでかなあ、と思って、はっと気が付くんです。「あ、おれタバコ吸ってる」っていう夢。禁煙が強迫観念になって居るんですね。でもこの夢が出る頃はもう完全に禁煙に成功しています。

人形町のラーメン屋台アルコールの話しから禁煙騒動に話題が移って、また最初の終電に話しを戻しますと、この電車を降りた頃にラーメンが食べたくなるんですね。人形町の表通りに40年以上、五十年近くも出ていたラーメン屋さんの話は昨年の1/11の日記に書きましたが今年の七月に食べて以来食べていません。食べられないんです。姿が消えました。大通りにアーケードがあった頃は雨の日も風の日も出ていたんです。休むのは大雪と台風の時ぐらい。「よく働くねえ」なんて言うと「あてにして待っててくれる人が居ると思うと」なんて言ってました。それがパタリ、です。入院していたオヤジが亡くなったのかも知れません。免許の更新に手間取っているのか、警察がもう露店に許可を出さないのか、あるいは疲れてしまったのか。この写真が最後となってしまいました。250円だか300円だかから始まって、この写真の時が600円。四十年かかって300円値上げするのがやっとという薄利の仕事が生きて行けない世の中は悪い世の中と言っていいんじゃないでしょうか。何でもかんでも大量消費、はいつか必ず報いを受けます。大根一本、豆腐一丁を売って子供を育てることが出来た時代はみんなが貧乏でもいい時代だったって、今にみんなが言い出すんでしょうね。でもそのときはもうそこには戻れないんですね。こころして下町の小商人(!)を大切にしようと思っています。紀伊国屋やクイーンズシェフには品物の後ろに人の生活が見えないんです。おしゃれですけどぬくもりがない。まるで村上春樹の小説のようです。面白いけど危険です。
なんだか、寒々としてくるなあ。