2005 年 4 月

イチゴのプレザーブ

2005 年 4 月 29 日

人形町から自転車で30分ぐらい走ると砂町銀座という所へつきます。幅一間半ほどの細い道におよそ1キロに渡って商店がびっしりと並んでいます。KINOKUNIYAでは絶対にお目にかかれないB級野菜なんかもあります。私はここのおでん種やさんで野菜のさつま揚げをよく買います。三枚で105円。日曜日にはこの狭い道におじいさんのやっている屋台の焼き鳥屋が出ますが、その店がビールの自販機の前、したがって皆さん自販機でビールを買って焼き鳥を頼む仕組み。その商店街で見つけたのがこの小粒のイチゴ。「とよのか」って書いてありました(ほんとかな?)。これはジャム用で酸っぱい、と思ったらけっこう甘い。もしかしてほんとにとよのか?って思っちゃいました。2パック250円で4パック買ったんですが、後で引き返してもう2パック。なんで始め躊躇したかと言うと、値段なんです。確か去年は150円だったような、そんな気がしたもんですからつい買い控えてしまって、ってたった500円で迷うこの懐状態は日常けっこうスリリング。そう言いながら一本80円の焼き鳥けっこう食べたしビールも飲んだし、これなら近所の三越で買った方がトータル安かったかも。

イチゴ

この小粒イチゴのへたを取ってイチゴの分量の四割の砂糖をまぶして一日放置。このやり方はお友達のAWZさんに教わったので詳しくはそちらへどうぞ。ペクチンとか入れないのでさらさらに出来上がりますが、それが明治屋なんかで売っているジャムと違っておいしい。決して明治屋がまずいと言っているわけではありません、念のため。これをヨーグルトなんかにかけて食べるとおしゃれ、でおいしい。市販品より甘みも抑えてあるので私向き。

イチゴ

ところで、へたつきのイチゴの入っているボール、周囲しか見えていませんが柳宗悦のボールです。民芸館で購入したのは10年ほど前。このまま火にかけることもありますがびくともしません。しかもアールの具合がいい。デザイン秀逸のステンレスボールです。

Macで長文どうしてます?

2005 年 4 月 25 日

我が家の山椒、未だに芽が出ません。

山椒

本題、皆さんMacで長文を書く時どうしてます。私の周囲はWord派が多いみたいです。でもその中に文筆業の方はいない。文筆業の方にあたるとだいたい皆さん窓派。従って優秀なエディターがたくさんありますからそれを使う。昔、知人の大学教師で翻訳家に「作家は割とこれで読んでるみたいよ」と教えてもらったのがT-Time。これは青空文庫を読む為に作られたらしいのですが、モニターで縦書きを読むには本当に読みやすいんです。でもこれを編集モードにして書き込みをするとWord以上にかったるくなりますし、インライン入力が出来ない。Macに優秀なエディターが無いかと言えばあります、Jedit。これは凄い。軽いし早いしテキストに関しては何でも出来て、しかもよけいなものは一切無い。ただ欠点は縦書きが出来ない。先述のT-Timeもそのままの出力は出来ません。そこでもうひとつのMac用エディターLightwayText、これは縦書きがすこぶる強い。原稿用紙にも強い。私はこれで書くことはほとんどしないんですが、開くときにはこれを使います。「原稿用紙13枚」などと言われたときにこれで開けば一目瞭然。印刷が必要なときもこれから印刷。T-Timeで読みながら直すときあるいは書き足すときはJeditを使います。

T-Timeに「エディターで編集」というボタンがあってエディターを何にするかはじめに決めておけば、読みながら書き込みはエディターで出来ますし、それが即座にリロードされてT-Timeに反映されます。あくまでもプレーンなテキストで終始しますから、渡す相手が窓でも何ら違和感がありません。この三つが一つになればそれは使いやすいんでしょうが、それは将来のお楽しみに。普通縦書きの書けるエディターでもそれをモニターで読むのは疲れるものなんですが、読むことに特化したT-Timeは本当に目が疲れません。しかもMac用も窓用も用意されていますし、iPodや携帯でも読めます。モニターで文章を読む機会の多い方にはこれは是非おすすめです。しかもT-TimeとJeditにはいまだに無償版があります。

でも、エディターはどちらか一つでいいじゃないかという声が聞こえてきそうですが、これがなかなかそうでもないんです。Jeditが縦書きできないことは先に書きましたが、LightwayTextはプレーンテキストで保存が出来ないんです。すでにあるプレーンテキストは開けても、プレーンで保存できない。LightwayText形式かリッチテキストになります。T-Timeはリッチテキストを開けない。何でみんなこんな優秀なソフトを作る人が、間抜けなことを、とお思いでしょうがそこにはそうならざるを得ない深い理由があるんだと思います、たぶん、私にはわかりませんが。ですから今のところこの三つが必要なんですが、多分近い将来そのうちの一つがいらなくなって、さらにそれから時を経ずして一つで間に合うようになる、ような予感と期待があるんですが、どうでしょうか?

T-Time、Jedit、LightwayText、青空文庫はすべてLinksでリンクが張ってあります。

追加: 実は当たり前なのに気づかなかったことを最近発見しました。T-Timeの文字表示デザインをまねてLightwayTextの文字表示をカスタム設定してみました。すると、エディターとは思えない読みやすさに変身したのです。T-Timeの読みやすさはその文字表示デザインにあったんですね。気づくのが遅すぎましたがこれでLightwayTextで書いて、読む、ことができます。急にソフトは一本でいいことになってしまいました。こんなことに、なんで今まで気づかなかったんだろう?でもこれで他の二本、JeditとT-Timeがいらなくなったわけではありません。青空文庫を読むには断然T-Timeが便利ですし、横書きエディターとしてJeditは最高ですから手放すことはないと思います。Wordはもういらないかもしれない、私の場合。レイアウトにこった文字組をするときは大概イラストレータを使っていますし。

カラスの死

2005 年 4 月 23 日

方南通りを弥生町から環七へ向かって車で移動中に反対車線にいたカラスを見つけました。車を止めてそばに行くとこんな姿で硬直していました。カラスの濡れ羽色と形容される羽のつややかな色はすでに褪せていました。体に傷が無いことから病死か、何か悪いものにあたったかしたんでしょうね。ハシボソなのかハシブトなのかわかりませんが割合に小型の体形でした。近づいてみると頭などは羽というよりは毛に近いものが密生していて動物のような感じでした。目がうつろでこの空ろさはこちらに感染してきそうなどんよりとした濁り方で、このあたりがその死の彼にとっては理不尽であったことをうかがわせています。

カラス

都心にあれだけの数のカラスがいるのですから毎日何羽かは死んでいるんでしょうにその姿は滅多に目にしませんから、こうして目の前でその屍骸を見るとちょっと形容しがたい感じがわいてきます。死があることを知っていることと、死が見えることとの間には非常に大きな差があります。イラクで結婚式のさいちゅうに誤爆されて大勢の人が亡くなったことを知っているのと、そこでその死を見るのとではわき上がる感情はまるで違うでしょう。それを補うのは想像力です。想像力が無ければその場にいた人の気持ちへはたどりつけません。したがって想像力の欠如した人間ほど恐ろしいものはありません。これ以上書いているとどんどん過激になりそうですからこの辺でやめますが、一羽のからすの死から様々なことを思った一日でした。

カラス

月と天気図と人形町の猫

2005 年 4 月 23 日

天気図

月と木星

上が今朝3時の天気図(気象庁)で右がその2時間前の月。怪しい雲が流れて木星が月に近づきつつあります。これから何が読み取れるかと言うと気象予報士でもちょっとわからない。気象予報士のわかるのは前日夜半から急に冷え込んで、北海道と北関東では雪、というところまで。それ以上のことは現場にいないとちょっとわかりずらいんじゃあないでしょうか。新宿で飲んでいて浜町まで帰る電車が無くなって、アキバから歩いて帰ってくるときに撮った写真。足は千鳥足でも、手ぶれはしない。「たいしたもんだ!」ってだれも言ってくれませんが……。ちょっと余談ですがこの頃の人秋葉原をアキハっていう人がいます。アキハバラを約してアキハなんでしょうが、これは間違い。秋葉が原だったんです昔は。「一面の月見草できれいだったのよ」と亡母が言っていました。つまりアキバガハラを訳すからアキバ、門前仲町はモンナカじゃなくてナカチョウ、とおんなじで、秋葉原はアキバ、よろしく!って、まだちょっと酒が残っているかも。
で本題に戻りますが、この急激な冷え込みに対処したのが下の写真。

猫の知恵

猫の知恵

猫の知恵

猫知恵、って言うんでしょうか?朝になって発泡のトロ箱の散乱した様をみて「芳味亭」(あちこち露出してますから説明は省きます)の若い衆が怒るんでしょうね。「くそ、この悪ガキ猫め!いたずらばっかしやがって、今度見たらただアおかねえぞっ!!!」って。でも実は真相はこうなんですね、これを見たら若い衆も怒れないでしょうね。寒さ対策。急に冷たくなったアスファルトを嫌って発泡の座布団。鈴木屋水産の旦那(って誰か知りませんが)も自分のところのトロ箱が、本来の役目を終えた後もこんな遠く離れた東京の街角で猫を助けていたなんて思いもよらないでしょうね。近頃の不景気、仕事の激減、作品作りスランプ、それらをみんなしばし忘れさせてくれました。自分とは全然違う価値観で生きているものがそばにいて、それが互いに励ましたり慰めたりできるなら、価値観の違いは大したことではないのかもしれませんね。「ウーン、今日は参った、猫にカンパーイ」って、また飲んでしまいました。おしまい。

チューリップがモディジリアーニのチューリップに

2005 年 4 月 21 日

チューリップ

もっと原色のチューリップが全部そっくり返って咲いているモジリアニの絵がありますが,最初に見たときはそれが何の花なのか皆目見当がつかなかったんですが、あるところで同じような花瓶に同じようにそっくり返ったチューリップを見て「ああ、チューリップだったのか」と思ったことがあるんです。冬でした。ストーブに部屋が暖められてくるとそっくり返るんです。そうして夜ストーブが消されると普通のチューリップに戻るんです。ここのも段々そんな風になってきています。このチューリップは植えた人の期待に見事にこたえていますね。いい姿です。

ところで、表題でモジリアニをモディリアーニと書きましたのは彫刻の森美術館の「知られざるモディリアーニ」展(94/10)からとりました。ちなみにどちらで検索してもModiglianiに行き当たります。

ああ,でも本当にいい姿ですね。前項で書いたことが証明されたような姿です。いいなあ!

甘酒横町のプラタナス

甘酒横町のプラタナス、もうこんなに葉が茂ってきました。もうすぐに日かげを選んで歩く季節になるんでしょうね。