2005 年 1 月

幼形成熟

2005 年 1 月 28 日

美倉橋から浅草橋方面をのぞむ、夕方の空に都鳥が群れていました。やっと東京の冬の風物が戻ってきました。うっすら夕焼けもあり、飛行機雲もすぐに消えていきますから、明日はきっと良いお天気、と思っていましたらまさにその通りでした。

都鳥

都鳥

夜、さる場所で若い美人の眼科医と呑むことになりました。裕美先生と言います。昨年、眼下専門医の資格を取ったお嬢さんです。医師国家試験とは別に専門医制度というものがあるんですね。これを取ると眼科医としてのランクが上がるんだそうです、知らなかった。その彼女からこんなものを頂きました。
網代に編んだ篭に入っているものは親指と人差し指で作った丸、くらいの小さなどら焼きでした。「鈴懸」という九州のお菓子屋さんのもの。もちもちしておいしいものでしたが、このサイズではいわゆるカステラのどら焼きは無理だったのか、皮はもちっとしたカステラではないものをカステラ風に焼いたものでした。おひな様の前に雛菓子風の可愛いお菓子を頂きました。

どら焼き

「幼形成塾」って言葉ご存じですか? 「猫の博物館」(東洋書林、小川昭子訳)って言う本で読んだんですけど(ちなみに訳した人はお友達)、愛玩動物はかわいがられようとして発育を抑えてしまうらしいんですね。個体が小さいまま成熟するから幼形成熟。小さいどら焼きを見て思い出しました。

これ、なーんだ?

2005 年 1 月 25 日

めふん

イバラ蟹の外子

これ何だかわかります? 到来物です。上がめふんで下がタラバ蟹の外子です。タラバ蟹は作曲家の森田公一さんの所から頂き、めふんはおなじみ粟津さんの所からです。お二人とも北海道出身。
このとき森田さんからはイバラ蟹の内子というのも頂いたんですが、それは荷をほどいたとき目から手が出てあっという間に胃の中へ入ってしまいました。で、写真がありません。なんでも1000mから1500mの深海に暮らしているヤドカリの仲間らしいんですが、そんなところまで人間はエサを探しに行くんですねえ。このタラバの外子、味は濃厚で歯ざわりは数の子程ではありませんが、やはりプチプチ感があります「うまい!」。めふんの方は鮭の背わた、腎臓だそうです。それを塩漬けしたものでこれも酒の肴にはもってこいです。アイヌ語のメフル(腎臓の意味だそうです)がなまったものとものの本には書いてあります。およそ自分では高級食材というものを買ったことがないのに、たいがいのものは食べて知っているというのはいいのか悪いのか? 幸せには違いありませんが。感謝。

島田省吾の蕎麦屋

2005 年 1 月 23 日
この絵日記の冒頭で述べました、島田省吾に会った蕎麦屋です。浜町藪蕎麦。残念ながら私が島田に会ったころの店は改修されてご覧のような青山、六本木風の店になってしまって、ちょっと残念です。
浜町やぶ蕎麦
浜町やぶ蕎麦
お母さんが(当時で70歳ぐらいでしたでしょうか)何から何までやって本当に隅から隅まで行き届いた店だったのですが。
蕎麦はこの通りナンの変哲もありません。蒸篭(せいろ)に盛られて出てきます。写真ではよく分かりませんが、ネギは晒してあり、わさびは本わさびです。難を言えば、「盛りがすくない」夏場以外はうどんもあります。うどんもおいしい。

青いテント

2005 年 1 月 20 日

新大橋から浜町側を望むと青いテントが沢山見えます。上を首都高がはしっていて、まっすぐ降る雨には庇が出ている格好になって雨よけが出来るからでしょうか。ここにはちょっと前(十年ほどでしょうか)にはテントはなかったのです。川をもっと上って浅草の方まで行かないと見られなかったのですが、段々に川を下ってきました。浅草の方の人達が移ってきたとと言うわけではなさそうです。向こうはむこうで増えているんですから。と言うことは失業した人達が増えていると言うことでしょうね。見ているとみんな勤勉です。テントのまわりもきれいに整理されていますし、不法行為とされてはいますがアルミ缶などの回収やそれをつぶして袋づめの作業とか熱心にやっています。仕事に就いていたときもきっと勤勉な社員たちだったのだろうと想像できます。ちょっと気が利かなかったり、ちょっと周りと合わせることができなかったり、ちょっと人がよすぎたり、ちょっと、とたぶんとるにたりない差でここにいたりするんだと思います。
思えば就職まで内定していた大学を中退して、写真に入ったときからいつも覚悟はしていました。食べられなくなるかもしれない、そんな恐怖を押しのけて僕を写真へ駆り立てたものは一体

ナンだったのだろうと思います。人って不思議ですよね、不利だと分かっていてもそれをせずにいられないときがある。そういう内から突き上げてくる感情って、不思議ですね。この頃、そのときの気持ちを忘れることがあるんです、慣れっておそろしいですよね。それが作るものにすぐ反映するんです。でも本人には分からない。廻りはみんな気づいても。
僕が写真で生計を立てると宣言してしばらく立ったころ、自宅で土門拳の「古寺巡礼」を見ていたとき後ろを通りかかった母がちょっとのぞき込んで一言「あなたにはそういう写真は撮れないわよ」。そのときはさほどに思いませんでした。「そりゃそうさ、だってこれは土門拳だもの」という程度だったんですが、この母の言葉は僕の一生をたった一言で言い当てていました。いまだに小刀細工の写真ばかりでおそるおそるの表現から抜けられません。「なにも足さない、なにも引かない」じゃありませんが、ああいう土門拳のような撮った写真を放り投げて「どうだ、俺の精神も肉体もみんなこの中にある!」といわんばかりの表現はできません。大江健三郎が若いときにドストエフスキーがいるのになぜ僕が小説を書かなくちゃいけないんだ、と自問することがあると書いていましたが、大江ですらそうなら僕ではなおさらなのかもしれません。

隅田川の青いテント

突然ですがここあまり露出しませんね。「スコット」浜町にあります。

スコット

座敷で、箸でフランス料理を食べます。要予約ですから、ご注意を。決して安くはありません。

都鳥

2005 年 1 月 18 日

朝の九時に電話が鳴りました。駐車場の管理会社からです。こういうとき頭がフル回転するんですね、アレ今月の分未払いだっけ?イヤそんな筈はない、だって自動引き落とし、エッ、と言うことは口座にお金がない!等々。でも浮かんだのはみんなマイナス思考ばかり。おっ、駐車場の管理会社が有益顧客で表彰してくれるのかな、なんてまったく夢想だにしませんでした。こういうときにその人に生来の気質が現れるんでしょうね。私は間違いなくマイナス思考人間。
で、駐車場に行ってみると私の車がセンサーに引っかかって、コンベアーが止まってしまったらしいんです。そういえば思い当たることがあります。昨日ロケで足立区の六町と言うところへ大きな機械を撮りに行きました。暮れに4x5でとたのまれて行ってみたらとてもスペース的に無理だと言うことが分かり、年が明けたらデジタルで、自然光で行きましょうと説得した一件の撮影終了後。駐車場に車を入れるとき「停止」ランプがついてからいつもちょっとずれて前へ一二センチ出てしまうので、今日はぴたりと止めてみよう!などと妙なチャレンジ精神がおきて、しかもそれが一回でぴたり。オー大したモンだ、などと思って意気揚々帰ってきたのがいけなかったみたい。いつものちょっとずれるのが逆に後ろをセンサーから守っていたんですね。前をぴたりと止めたために後ろが引っかかってしまったというわけです。
朝からそんなことがあって、ナントカ解決も出来て、橋を渡るとき、都鳥発見!こうしてみるとカモメより小さく可愛く見えますが、じつはカモメよりも猛禽。ユリカモメとも言うらしいんですが、われわれの年代にはどうしても「都鳥さえ一羽じゃ飛ばぬ…」が浮かんで。

都鳥

都鳥

こんなモンじゃないんですいつもは。数百羽が欄干にズラーッと並ぶんですが。

ところで、コンパクトカメラのなかでも更にコンパクトで、ファインダーすらないこのIXY DIGITAL Lですが、こういう素材にはよわいみたいです。ピントが来ない、ぶれる!カメラマンなんだから三脚を使え、という声が聞こえてきそうですがそれではそもそもコンパクトカメラを持つ意味が無くなります。これから買おうかなあと思っていらっしゃる方は、その辺少し考える余地ありです。私はメモ代わりナンでこれで充分。

昨日の撮影、このカメラでやったんじゃないですよ、念のため。

おかまさしあげます

2005 年 1 月 16 日

スタジオで使用していたスクープですが、必要なくなりました。どなたかお使いになる方があれば差し上げます。私はこれにパンタグラフを付けて4800wsを入れて使用していました。直径は73センチ、目方は約6キロあります。取りに来ていただけるとありがたいんですが。送るとなると結構な金額になると思います。地方の方でどうしてもとおっしゃるのであれば着払いでお送りします。写真にはありませんが反射板付きです。

照明機材

照明機材

募集は終了いたしました。どこかにお嫁に行ったわけではなく、お亡くなりになりました。天井からぶら下がっていたときには別段じゃまではなかったのですが、床に下りたらずいぶん場所ふさぎでした。4ヶ月待っても引き取り手がないのでやむなく処分と言うことになりました。さんざん働いてもらったので、心残りはあるのですが残念ながら終焉と言うことになりました。「時代」ですね。