2004 年 11 月

島田省吾

2004 年 11 月 30 日
金魚こんなことがありました。20年ほども前です。私が蕎麦を頼んでいると島田省吾がひとりで入ってきたのです。私の祖母の自慢は新国劇が旗揚げの時、沢正(沢田正次郎)に肩入れをしたということで、大勢同志を募って旗揚げ資金を寄贈したそうです。ですから私は祖母に連れられて何度も新国劇は見ていました。その新国劇の二大巨頭の一人、島田が入ってきたのです。幕間に小腹をしのぎに来たのでしょう。気取らない格好でした。「ああ島田、だ」とは思いましたがじろじろ見るのも失礼だし、挨拶するのも変ですし、何だか据わりの悪い気持ちでいましたが、ぢきに蕎麦が来ましたからそれですくわれました。
私が頼んだのは天せいろにせいろ、どちらも大盛りというものでした。夢中になってそれを食べていたのですがなんだか視線を感じるのです。顔を上げると件の島田省吾がじっと私を見ています。私はどう言う顔をしていいか分からず中途半端な会釈をしてそのまま蕎麦を食べていましたが、やがて島田が私にむかって言いました。
「うまそうに食べるねえ」
これにはちょっと、参りました。挨拶に困ってしまって、早々に食べ終えると「おさきに」とだけ言うのが精一杯で、店を出ました。
その島田省吾さんが98歳で亡くなりました。ご冥福をお祈りいたします。
浜町の藪そばの入り口に棲んでいる金魚です。
ここの蕎麦が好きなんです。二八のなんと言うこともないそばですがその細さ、腰が何ともいえません。能書きは一切言わない店ですが、テーブルに楊枝はない、蕎麦の客には水も茶も出ない。でも、「水下さい」といえば「はーい、ただいま」と言って持ってきます。蕎麦喰いには蕎麦喰いの掟、ルールがあるのでしょうがお客にそれを強要するのはいただけません。ここではこちらが黙っていれば昔ながらのルールで蕎麦が出ます。でもお茶がほしければお茶もでます。かけそばと種物のつゆは微妙に甘さが違います。せいろに付いているネギは晒しネギに本わさび。このごろ蕎麦ブームで、おいしい蕎麦屋はあちこちにできましたが店のポリシーをお客に強要する店ばかりで、私はあまり好みません。
腰の強すぎるのもそういう店の特徴のようで、「そばはのどごし」と思っている私にはどうもあまり合わないんです。
ここには場所柄、新派や新国劇の役者もよく来ていました。