‘猫’

雨ですねえ

2015 年 4 月 14 日

ネコ

かつては11匹も来て遊んでいた猫達がとうとうこの子だけになりました。

毎日来て水を飲んで、カリカリを食べて、ドアが空いていればいつまでもここでなんとなく過ごしているのに、目は常に用心を怠りません。

誰が彼をこんなに用心深くしてしまったんでしょうね。

誰かが決定的に人間不信に陥る仕打ちをしなければ、こんな目にはならないはずです。

浜町公園の猫達はこちらがしゃがめばすぐに寄ってきます。

人形町二丁目の猫だけは何故こんな目をするんでしょう。

こんな目をするのは彼の責任ではないはずです。

なんだかやるせない目ですよねえ。

悲報

2014 年 1 月 21 日

ねこ

一時期はこんなにスタジオの裏に遊びに来てのんびり過ごしていたネコ達が、ネコの跋扈するのを嫌がる町民の訴えで、おとり篭を設置、全てのネコに不妊手術を施しました。
それから六、七年経って、今はもううちの裏へは一匹しか来なくなりました。
それでも、来ないけれど近くにはいた二匹のうちの一匹がネコエイズにかかったらしく、涎を垂らして元気なく歩いていましたが、餌も食べず、とうとう姿を消しました。

なんて悲しいんだろう。
野良猫が一匹死んで、涙が出るとは思わなかった。

ねこ

のらくろ

ほんとうに悲しい。

別れはいやだなあ。

大鵬逝く

2013 年 1 月 21 日

大鵬道場

昨日の夕方の大嶽部屋、大鵬道場の前です。
カメラ記者の集団と僅かな記者がまだ寒空にたむろしていました。
パッと見て感じたのは、我々の時代より取材記者の持っている機材が減ったことですね。
我々の頃は、カメラは大概二台。
二台とも首に下がっているか、一台は肩にあったのですが、今はほとんど首から一台が多いみたいです。
思うに、ズームレンズが普通に使われるようになったからでしょうね。
私はオフセットしたカメラを首に二台、一台に50ミリ、もう一台に28ミリを付けていました。
28ミリは広すぎるのですが、フリーはどうしても前に出ますから、そのとき対象がフレーム切れをおこさないように画角の広いレンズを付けていました。
そうして肩にはバッグ。
バッグの中身はフィルムと200ミリ、100ミリのレンズとタオル一本、kakoかナショPのストロボとそのバッテリー、予備電池 。
あとはブロアーと雨の時用のビニール袋二枚。
これだけ入れると、バッグはぱんぱんでした。
デジタルになって、コマーシャルの世界は機材が極端に少なくなりましたが、報道も随分身軽になったようです。

猫

のらくろ

そして、戻ってくると、孤高の地域猫「のらくろ」が寒空に日向ぼっこをしていました。

寒い日も待っています

2012 年 12 月 24 日

清洲橋から

こういう空の、寒い一日も彼等は朝ご飯を貰えるまでじっと寒さに耐えて待っているのです。

地域猫

人形町の私の住む一角をテリトリーとする猫はついに三匹になりました。

かつては11匹もいたのに。。。

以前はスタジオの裏へ来て朝と夜にビスケットを食べて、昼間は腹を見せて昼寝をしていたのに、今は寄りつきません。
怖い乱暴者が他所から来て、スタジオ裏を徘徊しているので、寄りつかなくなったのです。
たたかいに敗れたのですね。

一緒に食べるということはできないようです。

その他所から来る猫は。

はあ〜

挫折

2012 年 5 月 27 日

朝の散歩に佃島を目指しました。

ところがその入り口で、浜町公園のボスと目が合っちゃって。

わたしの方へ向かってくるから、しかたなくこちらもご挨拶。

そこでしばらく遊んでいたら、佃まで行くのがおっくうになって
ま、途中で「佃島を望む」に変更。

臨機応変、変幻自在、当意即妙、自由自在、優柔不断 、右顧左眄、意志薄弱、ま、言い方はいろいろありますが、要するに行き当たりばったりなわけです。