‘写真’

2021 Calendar

2020 年 11 月 7 日

2021 Calendar

もうカレンダーもやめようかと思いつつ、「今年はまだですか」なんて言われると、ついつい頑張ってしまいます。

1989年ゴルバチョフのソ連です。

この年にソビエト連邦が崩壊し、ベルリンの壁が崩れたのです。

ソビエトの人々、と言ってもモスクワとレニングラード(現在のペテルスブルグ)の人たちだけしか見ていませんが、そのシャイで控えめで親切な人柄にとても好印象を覚えた記憶があります。

同時にそこに住む人と政治とがこれほど乖離しているなんて、という感想をも持ちました。

トランプを見ていると、あの国のほぼ半分の人は彼を支持しているんだと、驚かされますが、会えばまた違う印象を受けるんでしょうか。

私の知っているアメリカ人は優しい人と権威主義的な人と両方います。

結局、それぞれなんでしょうかね、人は。

例によって、誤植、間違い等見つけられた方はご面倒でもおしらせください。

展覧会のお知らせ

2020 年 10 月 7 日

展覧会案内

展覧会の案内状が出来てきました。

会期は短くて、10月19日から24日までの6日間です。

場所は銀座3−3−12のNICHE GALLERYです。

銀座通りから入るとAPPLE Storeの横の道を数寄屋橋方面へ向かって折れて、しばらく来たところの右側です。

二階で、入り口がわかりずらいんですけど、よろしくお願いいたします。

ギャラリーの案内というか、ステートメントというか、それが届いてから、封筒貼りの内職をして、投函します。

昨年KANZAN Galleryにお越し頂いた方々にはご案内を差し上げますので、もうしばらくお待ちください。

他のものもやりたいんですが、まだまとまりません。

新しい作品も構想はあるんですが、まだ手がついていません。

何しろ貧乏生活で、取材費をひねり出すのが大変です。

協会に入っていれば、出版社に掛け合うこともできるんですが、若いときに否定した自分への義理がありますから、あらゆる団体には加盟しません。

生涯、ただ一人野に居て発表を続ける道を選んだのですから、そこは痩せ我慢で通します。

老いの一徹、岩を通すことは無理でも豆腐ぐらいなら突き通せるかと、、、

コロナで大変な時期ではございますが、どうぞよろしくお願いいたします。

展覧会も正式に決まりました

2020 年 9 月 15 日

スタジオで写真整理

お願いしていたプリントがプリント屋さんから送られてきました。

St.D21の中田さんに紹介してもらったプリント屋さん、前回の大伸ばしもお願いしたんですが、今回は大伸ばしだけでなくA3ノビのプリントもお願いしたので、自分でのプリント作業が無く、相当気楽なものでした。

A3ノビに余白付きでお願いしたら、絵面がA3ノビで余白サービスみたいになっていました。

ありがたいことです。

で、今余白を1センチに揃えているところです。

大伸ばしの方は前回同様断ち切りで余白なし。

ギャラリーで見ているとそうでもなかったんですが、私の狭いスタジオに運ばれてくると、長辺1800ミリと言うのは、相当でかい。

まあ、いい感じです。

10月、まだコロナは収束していないでしょうが、お時間とっていただけると風間は大喜びでございます。

どうぞ、よろしくお願いをいたします。

告知はまた改めて。。。

変わったKURAGE

2020 年 3 月 24 日

隅田川

今朝の清洲橋下です。

ちょっと気取った写真が撮れたから載せたわけではありません。

上部の黒っぽい固まりの中にクラゲがいるんですが、とても小さくて変わった形なんです。

三つのお椀を伏せたような形のドローンがありますよね、ちょうどあんな形をしていて、その三つのお椀を上下に羽ばたくようにして移動していました。

で、そのクラゲを撮ったつもりがとんだ芸術写真写真になっちまいました。

芸術といえば今日のネットニュースに「抽象画にコンピューターでつけた難解な名前を題名にすると評価が上がる」て記事がありましたが、それって結構あるあるでしょ。

一枚の絵なり写真なりにつけるタイトルの傾向として、例えば百合の花のアップがあるとして写真関係の人は「百合」とか「雌しべ」とか「貴婦人」とか割と素直というか二科会的素朴なタイトルが多いんですけど、美術系の人たちはもう少し意味ありげなタイトルを好みます。「憂鬱な花芯」とか「見えざる欲望」とか、中にはもっと訳のわからない「雌しべに見る形而上学的美の傾向」なんて、いかにも深い意味がありそうで内容のないタイトルを好んだりします。

写真や絵や彫刻にタイトルは必要ですか?

詩や小説にはタイトルが必要なのはわかるんですが。。。

と、まあ、今朝も散歩しながらくだらないことを考えて、肝心のクラゲの撮影には失敗したカザマでした。

敵わないなあと思うこと

2020 年 1 月 31 日

枯葉

敵わないなあと思うことは色々ありますけど、身近なところでは写真家ですね。この人には敵わないなあと思う写真家を挙げればすぐに百人くらいあげられそうですし、写真家以外の人に広げればそれはもう無限と言っていいほど居ます。

で、それはまあ己の凡庸さを受け入れれば済む事ですが、真に敵わないなあと思うのはやっぱり自然。
今朝の散歩で拾った落ち葉ですけど、どうよ、このデザイン、色使い。
画家は自然を模倣するって言いますけど、実際感服しますね(指がきたないけど)。

まあそれと自然のうちなんですが、太陽が地球上に見せるライティング、これも敵いませんね。

だいたい写真家は(私が意識しているのは商品写真家ですが)面で光源をこしらえてライトを組みます。
ところが太陽は点光源の一灯ライティングです。
返しのレフも使いません。
それでメリハリがありかつ柔らかいライティングを見せます。

佃島

これも今朝の隅田川から佃を撮った写真ですがいい感じですよねえ。

太陽が点光源と言っても無限遠からの点光源は面光源と考えていいんじゃないかと言う声も聞こえてきそうですが、次の写真を見てください。

隅田川

佃を撮った位置でレンズを下に向けた写真です。
こんなに細い被写体の影をこれほどくっきり落とすのはやっぱり面光源ではできない技ですよね。

もともと写真家が面光源を多用するのは影を殺すためですから、影のくっきり出てしまう点光源は使われないんですね。

でも太陽が見せる点光源一灯ライティングは見事ですよねえ。

点光源を使う写真家を私は一人知っています。
Arnold Gilbertというアメリカ人。
もともとは写真のコレクターとして著名な人です。
この方の息子さんが日本人と結婚されているので、来日されたこともあります。
その時に日大で講演もされています。
私は実際にお会いしました。
彼以外に点光源で写真を作る写真家を私は知りませんが、彼は撮影しないんです。
撮影しない写真家って、矛盾していますが、彼はフォトグラムの作家なんです。

フォトグラムといえばマンレイが有名ですが、マンレイのフォトグラムは世の中がありがたがるほどには傑作とは思えません。
あの程度は私にも作れます。
が、Gilbertさんのフォトグラムはちょっと真似ができません。

Gilbertさんにお会いする機会のあった時に私も自分の作ったフォトグラムを持参したんですが、そして彼は褒めてくれましたが、私のはマンレイ調の誰にでも出来るフォトグラム。
彼の賛辞は社交辞令です。
その時彼が教えてくれたのは「私はワインとチーズを持って暗室に入る」でした。
つまりワインを飲みチーズを食べフォトグラムを作る、それが楽しみだということでした。
その時に、色々教えてくださったのですが、彼の制作上のノウハウでもありますので細かいことまでは書きませんが、使うのは点光源だということでした。
そこから、誰も目にしたことのないフォトグラムの世界が開けてきます。
ググれば作品のいくつかは見つかると思います。
モチーフが何か、どういうライティングなのか、想像すると眠れなくなりますよ。

とりとめなく色々書きましたが、まあ世の中は敵わない人、ものだらけですね。

でもその敵わない人たちの拵えたものを見る自由はあるわけですから、そうがっかりばかりしないでもいいのかなと思います。

お天気の良い、風の強い朝でした。

なぜか 石元泰博 ふう

2019 年 12 月 13 日

浜町公園

今にも雪の落ちて来そうな曇り空を写して白っぽく見えていますが、黒御影石の椅子です。

浜町公園のこの椅子の上に葉っぱのお札が何枚も風に飛ばされないように小石で重石をかけたまま置き忘れられてありました。

それを写真に撮ったら、なんだか石元泰博の桂離宮っぽくなりました。

石元さんといえば、亡くなった小川隆之さんから昔こんな話を聞いたことがあります。

超超売れっ子だった立木義浩さんが撮影を終えて帰る道すがら、彼は大きなリムジンに乗って後ろの席で足を伸ばしてのうのうとしてくつろいでいたそうです。

車が銀座通りを松屋の前に差し掛かった時、歩道をおおきな大きな「エイトバイテン」のディアドルフというカメラを三脚をつけたまま肩に担いでヨタヨタ歩く爺さんがいたそうです。

窓に寄って良く見るとそれが石元さんだったそうです。

後ろにはアシスタントがフィルムホルダーの入ったおおきなバッグを肩にかけてこれもヨタヨタ後についていたそうです。

これから撮影に行くのか、それとも帰りなのか、どちらにしても車にも乗らずカメラを自らの肩に担いで移動している姿に出会ったそうです。

それを見て立木さんは「俺は車降りて、石元さんに謝りたくなったよ」と、そんな話を小川さんに聞かせたことがあると聞きました。

「それを聞いて、小川さんどう思ったんですか?」とわたしが訊くと「俺でも土下座したかもね」と。

この話を聞いてわたしはなんだかいい話だなあ、と思いました。

それ以来、わたしは石元泰博さんの写真を見ると、いつも忘れていたものを思い出させてくれるような気がして、いい気分になります。

それと、石元さんのバウハウス仕込みの造形が好きなんです。

かっちりしていてスキがないのにどこか優しい写真が好きです。