‘釣り’

もう銀座は僕らの町じゃない

2009 年 6 月 1 日

東作から

銀座東作からこんな知らせが。
以前に書いたときは店じまいのように思っていたのですが、どうやら店を閉めたわけではないらしい。
良かった。
銀一ももう銀座一丁目には居ない。
月島はうちから自転車の距離だし、銀座へ行くより近いかも知れない。
でも銀一が銀座にないのはね、やっぱり。。。
丹羽さんが弟さんと大学ノートにレンタル機材リストをつけながら
店番していた頃からのお付き合いですから、やっぱりね。
子供時分から自転車で走り回った場所が、
大人になってみたら今度は仕事の場所になり、
デモは大概土橋で流れ解散、
デートは日比谷公園。
それがいまでは、ブランド店が大通りを埋め尽くし
老舗はなんだか肩身が狭いような商いぶり。

もう銀座は僕らの町じゃない。

にっちもさっちも

2009 年 2 月 27 日

銀座東作

銀座の東作からこんなさびしい便りが来ました。
釣りをやらない方にはどうでもいいお話しを少しさせて下さい。

わたしが釣りを始めたのはひょんな事からでした。
よく飲みに行くところでMさんという当時第一勧銀のえらい人と知り合いました。
その人が「いっぺん行きましょう」てんで、大磯へキスを釣りに連れて行ってもらったんです。
舟に乗って出たんですが、これがそう大して釣れたわけでもないのにきっかけになったんです。
その後一人であちこち行ってたんですが、わたし当時現像を出していたのが銀座のSPOT商会。
これは広告の人はあまり使わないラボでしたが、ニュース関係者にはロールの抜けが良いという評判で、わたしはニュースからの流れもんですから、広告屋になってもそのままSPOT商会で現像頼んでいました。
テスト現像を突っ込んで、それが上がる迄二時間。
大抵は「銀一」を冷やかすか、並木座で映画を見るか、三州屋でいっぱい。
私はホルムアルデヒド分解酵素が極端に少ないために、ちょっと呑んでも、金時が火事見舞いに行って惚れた女に出会ったみたいに、顔が真っ赤っかになりますから三州屋へは滅多に行かない。
当時三州屋で昼間っから飲んでるのは大概カメラマンでした。
今のように年収がどのくらい行かないと、なんて考える人はあまりいなくて、みんな道楽がこうじてカメラマン、みたいな人ばっかりですから、呑気に仕事しているように見えましたね。
ある意味、良い時代でした。
銀一と並木座ばっかりじゃいくら売れてないわたしといえども、見るものがなくなってきます。
で、あの辺り流していると「銀座東作」が目に入ったわけです。
名前は知っていましたが、お客は旦那衆ばかりだろうと、敷居が高かったんですが、
あるとき思いきって入ってみたんです。
今の若旦那、和彦さんがお店任されたばかりの頃でしょうか、まあこっちは貧乏人の釣り好きですからお大尽遊びの釣りを覗く様なつもりで入ったんですが、確かにそれらしい人も居ましたが、わたしみたいなのもごろごろしてる。
ちょうど骨董好きみたいなもんで、食べるもの倹約しても骨董、みたいな人が、和竿好きにもいたんですねえ。
通ううちにわたしも分不相応にハゼの小突き用に一間の中通しを一本、お願いしました。
これがね、はまるんですよ。
プラの練り物の竿しか使ったことがないわたしにはその最初のアタリが麻薬でした。
「はあ、これにみんなしびれるんだ」とね。
結局、そのあと中通しの一間半、キス竿、カレイ竿、コチ竿と、稼ぎは全部東作へ運ぶような始末で、って大げさですね。

和竿の老舗は何軒かありますが、東京じゃやっぱり東作。
本店は稲荷町で、銀座は分家。
でも出来は一緒ですね。
神田に「櫻井」て、三代ばかり続いている「江戸川」って竿があるんですが、これはいけません。
そんなこと言うと怒られますが、和竿は拭きうるしでなくっちゃあ。
江戸川のは刷毛塗りなんですね、ですから塗りが厚くなって品がない。
まあでもそれは余計なお世話ですね、丈夫だからそれがいいって人もいるんですから。

で、その「東作」からこんな知らせ。
仕舞うんですね、今時の便利一辺倒には合わないんでしょう。
残念です。
そういえばこの頃行ってなかった。
でもわたし、 今は買えないなあ。。。

三番瀬

2008 年 10 月 24 日
アネモネ

Polaroid Transfer

9月13日に書いた「バニシングポイント」ですが、そこで書いた青潮の被害がなんか大変なことになってるそうです。
青潮の被害が江戸川放水路に出て、ハゼが何百万尾も浮いた話しをお知らせしましたが、そのハゼの大被害を受けて放水路の水門を開けたそうです。
それで上流からの酸素をたっぷり含んだ水が放水路へ引き込まれたのはいいんですが、その為に放水路にたまっていたヘドロが大量に海へ流れ出したんだそうです。
ご存じの通り江戸川放水路の先は東京湾の生きものたちのゆりかご三番瀬があります。
深い東京湾の中にありながら干潮時には子供が歩けるほどの浅瀬になります。
この浅瀬で魚は卵を産むんですね。
アサリもたくさん採れます。夏の大潮の日(満月か新月の日ですね)で干潮が昼間のほどよい時間にくる時は船宿が潮干狩りの舟を出します。
海の真ん中の浅瀬まで舟で連れてってくれるんです。
その三番瀬へ放水路の底にたまっていたヘドロが押し寄せたんですからたまりません。
今年三番瀬のアサリは全滅といってもけっして大げさでないほどの被害を受けたそうです。
それだけじゃありません。
三番瀬に集まる野鳥が激減しているそうです。
たった三四日水門を開けただけでこれほどの被害がでるのです。
諫早のギロチンなんかほんとどのくらい自然をこわしたか。
目先の経済活動にはプラスでも長い目で見ると大損害。
でもそれを企画立案した役人や政治家は自分の任期でしかものを考えませんから、こういうふざけた政策を実行出来るんでしょう。
それにしてもアサリも漁師も困ったようです。

バニシングポイント(セミの消滅日)

2008 年 9 月 13 日

朝の散歩で拾ったセミ

土日と雨の日を除いて毎朝、浜町公園を抜けて隅田川の人工河原を歩いています。
今年はセミの発生数が多かったようで散歩の途中で道に落ちてしかも比較的形の壊れていないものを拾っていたら12匹。
アブラゼミとヒグラシばかり。
東京にまで進出してきたというクマゼミにはお目にかかれませんでした。
ニイニイゼミも。
ところで、それまでうるさく鳴いていたセミの声が昨日突然消えたのです。
浜町だけでなく清澄公園でも。
私今まで気がつきませんでしたけど、セミって、木から葉が落ちるように漸減していって最後には一匹もいなくなるもんだと思っていました。
でもそうじゃなかったんですね。
昨日突然、ぱたっとセミの声が消えました。
今日も聞こえません。今年だけのことでしょうか?
このまま今年のセミが終わったとしたら、これは消失点があるということになりません?
新発見です。
そういえば今年はハゼも大発生したようで、私もたまに行く江戸川放水路では盛んに釣れ盛った様です。
九月に入ったら一度行こうと思っていたんですが、八月に30年ぶりとかいう青潮が発生して、何百万尾ものハゼが浮いたそうです。
川の両岸の浅瀬には白い腹を見せたハゼが死屍累々としたそうですし、せめて空気を吸おうとする立ち泳ぎのハゼがサギに食われていたそうです。
頻発した青潮で三番瀬のあさりも七八割死んだそうですし、なんか天候不順です。
新藤さんとこに張ってあった温暖化はCO2のせいじゃないという大勢の科学者のネガティブキャンペーンもなんか肝心なところが抜けているようで、つまり今の地球の温暖化現象はけっして人類の経済行為の結果ではなく、過去の気候大変動に照らしても大したこたあないぜよ、ということらしいのですが、私にはそうは思えません。
これだけのスピードで大地から緑を奪い、海を汚染し、単一の種が爆発的に増えた事はかつて無いのですから。
人の営み、経済活動が地球にとって良くないことは自明でしょう。
これほどの科学者を動員してこういう大々的なキャンペーンを張る、真意はなにか? 私はそっちに興味があります。

いずれにせよ、良くないことが起きつつあることは確かなようです。