‘落語’

反省

2011 年 11 月 29 日

前の記事のようなモノはかいつまんで書いてはいけませんね。

自分で読んでも舌足らずで、ただ悪口を言ってるようでいけません。

長くなってもきちんと書かないと。

反省してます。<(_ _)>

イチョウも黄葉してきました

2011 年 11 月 24 日
イチョウ

4S

浜町の明治座前のイチョウ並木も黄葉が始まりました。

いちょうの葉って、油が多くて堆肥にならないんですってね。

銀杏くれるからヨシとしますか。

談志が逝きました。喧嘩相手に死なれたようです。
毒づく相手がいなくなって、少し寂しい。
小三治でも毒づきますか。

はなまきそば

2011 年 5 月 17 日
花卷そば

iPhone3Gs

ずいぶん前の写真です。
浜町の藪そばの「花卷」です。これがあるところは最近減ってしまいましたが、わたしはこれが好きです。
信州の松本でこのシンプルなそばは贅沢品だったような記憶があります。
浅草のりに穂高のわさび、信州の地粉の二八そばにさらしねぎ。
全てがシンプルなだけに全ての味が極めて明確に食べる人に伝わります。

ことに、ねぎですがこの頃そうとうこった作りの蕎麦屋でも、ねぎは切り置いてあるところがほとんどですが、藪系統は昼時を除いて、一々切っているようです。

蕎麦屋のねぎ、まな板を使わないんですよね。水を張った桶へ(今時はボウルか)空中で切り落としていきます。
切り終わったら、水から上げる。ぬめりが取れて香りが立ちます。そば通の中にはそばの香りを楽しむために、ねぎもさびも使わない人が居るみたいですが、必要なければ昔から付いていないはずですから、わたしはこれを頂きます。だいいち、そばつゆの出汁の香りはそばの仄かな香りとは比較になりませんから、ねぎやさびの香りを嫌うなら、そばつゆもやめて水で頂くほかありません。が、そうなると死に際に落語になりそうな気がしますが、これは食通ならざるわたしのすがめかも知れません。冬は花卷、夏はせいろ。小田原の蒲鉾二切れを肴に菊正を一合。さっと呑んでさっと食べて、さっと帰る。これができれば江戸っ子合格でしょうか。
私はだらだら呑んで、食べるのはさっとですがたべたあともだらだらします。死ぬまで江戸っ子にはなれないかも知れません。やせ我慢と気取りは江戸っ子の基本ですからね。あと、ご婦人は致し方ありませんが、そばは猪口もどんぶりも手に取って食べましょうね。テーブルに置いたまま犬食いでは、折角のそばが台無しです。

以上、余計なお世話でした。

シネマ落語

2010 年 12 月 12 日

尾張町交差点ゆうべ、シネマ落語という奴を東劇で見てきました。
演目は四つ。文楽「明烏」、志ん朝「抜け雀」、馬生「親子酒」、圓生「掛取漫才」
タイトルが「落語研究会 昭和の名人」
ここに、志ん朝を加えるのは可哀相ですね。
近頃志ん朝をずいぶん持ち上げますが、もともと志ん朝は名人なんかじゃありませんからね。
この三人の中へ混ぜちゃあ可哀相です。ましてやずいぶん若いときの口座でただ覚えてきたものを遮二無二しゃべっているだけ見たいな、そう、近頃の落語家みたいな噺で、気の毒でしたね。
まあ、あとの三人はそりゃ良かったですよ。なかでも文楽ですね。実に久しぶりに文楽の甘納豆食べてるところを見ましたよ。
ああいうのを見ると、我々は実にもったいなくも有難くも、ああいう至芸を当たり前のように目にし、耳に聞いていたんですから、贅沢でしたでねえ。
近頃の吉本タレントが「芸」を連発するのを聞いていると、「芸」の価値も下がったなあ、と思いますね。

いや、ほんと久しぶりに、いいきもちでしたよ。
当時の寄席でも三人がああいう演し物でこういちどきに見られることはなかったわけですから、ある意味これも贅沢でした。
小益もこれ見て、早く「文楽」返上すりゃいいのに、なんて余計なことも思いましたよ(笑。
あれが、落語だとすると、今やってるのは落語じゃないですね。もちろん小三治、談志をを含めての話ですよ。
死ぬと、ぜんぶ持って行っちゃうからと言ったもんですが、今はこうしてそれが見られるんですから、我々にはありがたい、噺家には大迷惑、な話ですねえ。

あと着物がね、文楽と圓生が黒紋付き、馬生が結城の紋所無し、志ん朝は派手な格子柄の着物でしたよ。
みんな、いい着物を着てました。当時の御贔屓の趣味の良さも分かる映画でしたよ。
あははは、勝手に貰ったもんと決めてますが(笑。

おすすめですが要注意、近頃のものが聞けなくなりますからね。

中村仲蔵

2010 年 7 月 31 日

ひさしぶりに、実に久しぶりに正蔵の「中村仲蔵」を聴きました。
正蔵たって、今のこぶ平がなったやつじゃありませんよ、
「正蔵は海老名家にお返しをして、」と言うあの名台詞を残した、八代目林家正蔵。

いいですねえ、実に。
ああ、良い気持ちだ。
落語を聞いた、噺を聴いたっていう気分になります。
あの時代の人たちは噺家ですからねえ、今はお笑いタレント、この差は大きいですねえ。
おかしけりゃいいだろうっていう、いやな開き直りがないですからねえ。
DVDで聴きました。
ありがたいことで、当人が死んで何年もたつのに、こうして聴ける。
ほんとうは良い時代なのかそうじゃないのか分かりませんけれどね。
ほんとなら、DVDで死んだ噺家の噺を聴くより、生きている今の噺家の噺が聞ければ、
それが一番なんですが、今は文楽も正蔵も名前汚しばかりですから、それが残念ですねえ。
ヘボと言われた人が晩年良くなる例は幾つもありますから、こぶ平も70くらいになって化けるかも知れない。
そん時私は生きていませんけど、そうなりゃいいなあ、なんて思います。
小益もこぶ平も頑張ってほしいよう。

速水御舟

2009 年 11 月 1 日

速水御舟

三遊亭円楽が亡くなりました。
師匠が圓生、弟子が楽太郎、ご冥福を祈りたいと思います。

さて、山種美術館が新しくなったので行ってきました。
例によって、悪口を書きます。
前の前、そもそもの山種美術館は茅場町にありました。
山種証券の七階だか八階だか、上の方にあったんですが、「へええ、こんなところに」
という感じで、良かったんです。
それが、麹町にうつり、今度は恵比寿です。
建物は順に立派になっていくんですが、逆に品は悪くなる。
こんどのなんざ、心のこもらない立派な建物です。
茅場町のは狭いけれど、美術の好きな個人が集めた物を
一般にも見せてやろうってんで作った感じがあって、
実に奥ゆかしい良い美術館だったんですがね。
人の物をもらっておいて、それをありがたがってることを吹聴するために
入れ物を立派にして見せるってのは、どうもねえ。
こういうの昔の人は、おためごかし、って言ったもんです。

速水御舟、うまい名前つけるもんですねえ。
はなしかみたい。