‘映画’

映画を見てきました

2017 年 1 月 31 日

ショコラ

およそ100年ほど前の、コメディアンの話なんですが、「笑い」の部分で笑えないので、映画に説得力を感じられないのです。

人種差別に基づく笑いというのは日本人にはわかりづらい。

こちらも差別される側だということもありますが、その差別される側の我々にも差別意識はあります。

日本語に「黒白をつける」とか「白黒をはっきりさせる」とかいう常套語がありますがその中で黒は悪い白は良い、と決まっています。

それが皮膚の色にも反映しないとは言い難い現実もあります。

アメリカのようなあからさまな差別は見られないにしても、内心に差別感は感じられます。

で、そこがテーマの作品になるとまず笑いの部分で、何が可笑しいのか何が面白いのかピンときません。

これは日本人の中でも私だけなのかもしれませんが、キリスト教がテーマであったり、人種差別がテーマであったりすると理解はできても共感できない。

表現されている差別の不当さは理解できるのですが自分の痛みにならないので、余所事に見てしまう。

そんな感想を抱いた映画でした。

マイケルジャクソンほどの才能でも、白くなりたい願望には打ち勝つことができ無かったんですからね。

その切実さを共有できないと、単に同情の目で見るだけになってしいます。

難しい映画でした。

 

Paco de Lucia

2016 年 7 月 27 日

映画パコ・デ・ルシア

映画を見てきました。

号泣しないように十分気をつけて見てきました。

パコとパコの共演者たちへのインタビューで構成された映画です。

パコを初めて知ったのはもう随分昔です。
車のラヂオから聞こえてきたギタートリオの演奏に心臓を撃ち抜かれました。
しかし、その演奏が誰なのか知る由もなくて、凄いギタリストがいるものだなあと感心するばかりでしたが、
ある時音楽に非常に詳しい友達にその話をすると、多分それはパコ・デ・ルシアという人だと教えてくれました。
それですぐ秋葉原の石丸電気へ行って事情を説明して、詳しい友達がパコ・デ・ルシアじゃないかと教えてくれたんですが、、、
と言うと、その店員さんも多分間違いないですね、と言いながら一枚のCDを持ってきて、演奏は多分これだと思います、というじゃありませんか。
その場で封を開けて視聴すると、まさに、あのラヂオから聞こえてきた演奏に間違いありません。
Friday Night In San Francisco

私の友達も凄いけど、石丸電気のお兄さんも凄いなあ、などと感心したのがパコとの出会いです。
その後、私にパコを教えてくれた友達がラヂオのエアチェック音源をカセットテープに入れてプレゼントしてくれたのが、
伝説となっている、大雨の田園コロシアムでのチックコーリアとパコ・デ・ルシアのバトルです。
大雨の中なかなか始まらない演奏を待つ観客の「パコ〜っ! パコ〜っ! パコ〜っ!」と叫ぶ声。
日本での演奏会じゃないみたいです。
あまりの雨の激しさにチックコーリアはピアノにカバーを掛けて楽屋に一時引っ込みます。
その時ずっとチューニングをしていたパコが大雨の音と大歓声の中で突然演奏を始めるのです。
すごい演奏です。
するとその音を聞いてチックも出てきます。
カバーを外して、パコのギターに呼応するようにピアノの鍵盤を叩き始めます。
二人の演奏に合わせるように雨が小降りになり、やがて上がります。
こうして、あの伝説的な名演奏が繰り広げられたのです。

随分時が経ってパコ好きの知人にその音源を分けてあげたのですが、
彼はそれを、それから何年かして日本へ来たパコにプレゼントしたそうです。
するとパコは「この演奏は覚えている」と言ったそうです。

これは私のパコ体験ですが、映画はパコの共演者たちのパコ体験が次々に語られる構成です。

そして最後にチックコーリアが言います。
「彼はフラメンコとかジャズとかいうジャンルを超えている存在なんだ。彼はパコ・デ・ルシアというジャンルなんだ」

素敵な言葉じゃないですか。
共演者にこんな言葉を贈られたら。。

もう号泣しそうです。

 

ニセモノ

2016 年 3 月 1 日

世の中にいわゆる”ニセモノ”は数々ありますよね。

グッチやシャネルなどのブランド詐称、ジルコンやガラス球をダイヤと言ってみたり、混ぜ物の入った合金を純金と偽ったり、洋服と帽子だけ着てパイロットとか警察官とか言って見たり、化粧をして女と偽って売春してみたり(最後まで騙しおおせた例もあるとか)

まあともかく世の中には色々と偽物はあるようですが、先日見た映画もその偽物を30年間も作り続けた人のドキュメンタリー。美術館を手玉にとった男

この人が、マーク・ランディス。

軽い統合失調症を患う人のいいユニークな人物。

イコンからピカソ、マグリッド果てはディズニーまで、ものすごく幅の広い贋作を作り続け、全米20州、46の美術館に自らが描いた模写を本物として寄贈し、展示させた男を追ったドキュメンタリー映画。

この人、最後にはその46の美術館のキューレターを騙した自らの贋作を集めた個展まで開いてしまうのです。

幼い時から確かなデッサン力を持ちながら、オリジナルに見向きもせず、ひたすら模写に専念するその姿は、なんだか気持ちいい。

彼は美術館へ寄贈するだけで、しかも寄贈にあたっては架空の人物に扮して、模写から寄贈までの一連の行為を作品のように作り上げていくのです。

その行為がバレたあとは警察やFBIまでもが動くのですが、彼は金銭を一切奪取していないので、罪には問われませんでした。

何のためにそんな事をし続けたのか?

その理由は分かりませんが、その気持ちよさはわかります。

周囲からは「これだけの技術があるのだから、是非オリジナルを、、」と言われるのですが、彼はオリジナルには興味が無い。

「世の中にオリジナルなんて無い、みんなどこかにネタ元がある」とうそぶくのです。

私はこの映画を見て、この偽物を作り続ける人を”ホンモノ”だと感じてしまいました。

面白いドキュメンタリーです。

 

 

写真家 Saul Leiter

2015 年 12 月 14 日

Saul Leiter

ユダヤ系アメリカ人の写真家ソール・ライターへのインタビューを映画にしたものです。

面白かったですよ。

斬新な表現方法でファッション写真家として第一線に踊り出て、程なくその一線から身を引き、いわゆる作家人生を歩いた、今も歩きつつある一人の写真家へのインタビューで構成されています。

雨に濡れるウインドウ越しに街を撮る独特のスタイルで、出来上がった写真はダブリングのような見え方をします。

ウインドウの外の景色や人物が曖昧になるので、その分色彩が浮き上がってきます。

「写真に新しい表現なんかひとつもない」「大概の手法は過去の人がみんな試している」「撮る前に、どう撮るか考えたことはない」「意味なんか無いよ、ただいい写真を撮ろうと思うだけ」珍しく私と意見が合う写真家でした。

撮り方は人それぞれですから、いろんな意見や考えがあって当然なんですが、自分とピタッと意見の合う人は少ないものです。

その意見の合う一人でした。

退屈な進行でどなたにもおすすめできる映画ではありませんが、私にはとっても面白かった。

この写真家を知らなかったんですが、写真はいいですよ。

叙情とペーソスにあふれています。そして静かです。

FOUJITA

2015 年 11 月 24 日

FOUJITA

映画を見てきました。

久しぶりの小栗康平、期待して見に行ったのですが。。

私はやっぱり「泥の河」ですね。

FOUJITAは懲りすぎていて、ダイレクトな感動が喚起されません。

前提として、藤田嗣治のおおよその生涯を知っている必要があります。

ストーリーを削って、描写に拘る制作手法ですね。

それと、デジタルになるとどうしてもCGを使いたくなるのでしょうかね。

霧が欲しければ霧の出るのを待つ、というような実写がおろそかになるみたいです。

清洲橋の背景をCGで当時を再現、などはありだと思いますが風景にCGはなあ、、、と思いました。

最後の狐のアニメーションはいただけません。

小栗康平は「泥の河」ですねえ。

「泥の河」の加賀まりこですねえ。

「ヴィヴィアン・マイヤーを探して」

2015 年 10 月 25 日

映画を見てきました。

ニューヨークに棲む一人の青年が、家の近くで行われるオークションで380ドルで競り落とした写真フィルム。

それがこの物語の始まり。

ヴィヴィアン・マイヤーを探して

後に世界的に知られることになった写真家のドキュメンタリーです。

ローライフレックスで撮りためた写真は15万点以上。

何故それを生前に発表しなかったのか。

面白かったですよ。

追加(10/27):写真展が東京で開かれたらぜひ行きたいと思いました。

ストリートフォトグラファーです。

ブレッソンとはヒューマンな部分で違いがありますが、優れて面白い写真がたくさんありました。