ありすとれす Ⅱ

2020 年 5 月 25 日

聖路加の窓から

今日5月25日はFさんが倒れなければ、「ありすとてれす」が1970年に開店してからちょうど50年に当たる日です。

写真はそのFさんを搬送した日の病院の窓からの景色です。

病室での写真を載せようかどうか相当迷ったのですが、やはりそれは控えることにしました。

もし彼女が元気でいれば多分こんなお知らせが皆さんの元に届いたんではないかと思います。

2000年挨拶

 

「ありすとてれす」が開店した五月は店の前の、切通しになった急な坂を登ると右に大きなイチョウの木が繁り、左の長い石垣には白いつるバラが一面に張り付いてそれが見事に花をつけている時期でした。

5月24日に開店前パーティーが開かれて、そこに大勢の人が手に手に花束を抱えて集ってきていたのを覚えています。

思えば長い長いおつきあいでした。

Fさんは今は静かに眠っておられますが、まだ穏やかに息をされています。

開店からずっと時節ごとの挨拶の作成を手伝ってきた身としては、今年は何か気の抜けた心地がします。

自分への区切りの意味も込めて、このご挨拶をみなさまにお届けします。

どうぞ皆さん、こんな時期ではありますが健康に留意されて、御身お大切にお過ごしください。

 

ハガキは2000年の5月に実際にみなさんの元へ届けられたお知らせの一部を割愛した実物です。

 

 

「アベノマスク」ようやく到着

2020 年 5 月 20 日

アベノマスク

ついにと言いますか、やっとと言いますか、ようやくと言いますか、とうとうと言いましょうか、兎も角私めのところにも「アベノマスク」到着です。

私のようなものにまでお心をかけていただき、ありがたいことです。

決して皮肉や嫌味で言うんではありません、日本国中津々浦々にもれなく愛を届けていただき、ありがとう存じました。

我々国民はなんとか自力で生きております、助け合って、マスクを配ったり、作ったり、またそれをもらったりしながら、日々を乗り切ろうとしております。

どうぞ我々のことより、ご自身の体調や奥様やお友達のお世話に注力なさってください。

思えば、森友・加計問題、桜を見る会問題、検事総長をどうとか問題と上げていけばたくさんの問題が浮かび上がるほどの長期政権でお身内の子分どももまた勝手なことばかりする悪戯小僧で、おとなしくしている子分はといえばこれはこれで答弁もままならないほどお静かで、誠にもって内憂外患、よくぞ天罰のくだらないものとご心配申し上げております。

昔、佐藤栄作という偉い総理大臣を戴いたことがありますが、この方も国民のことを慮って様々な政をなさいましたが、親の心子知らずでその一々を民からこき下ろされました。

さらに、電信柱には「佐藤(砂糖に掛けております)もイヤだ、チクロもイヤだ」などと落書きされる有様。

誠にもって民は御上のなすことを理解しないものであります。

それでも中にはホリエモンとか高名な小説家とか某女史のように、多少は御上のすることを理解する国民もおるようで、彼らを従えどうぞこれからもご活躍遊ばされますようお祈り申し上げます。

簡単ではございますが、拙かざまの元にも「御マスク」が届いた事をお知らせすると同時に御礼を申し上げる次第であります。

ありすとてれす

2020 年 5 月 19 日

おくみさん

関係者の方々へお知らせ。

2月20日以来病院へ行けていないので、電話で様子を訊いてみました。

Fさんはコロナにも感染せず、穏やかに毎日を過ごしているようです。

その間に私は友人を一人亡くしました。

コロナではないんですけど、学生時代からのおつきあいですから50年でしょうか。

この写真は何年前のものでしょう?

若くて元気な頃のFさんです。

皆さんの記憶にある姿ではないでしょうか。

音楽会か展覧会のあと休みに入ったお店での写真です。

何かあれば、またお知らせします。

マスク

2020 年 5 月 16 日

カザマのマスク

お友だちがマスクを拵えて贈ってくれました。

「アベノマスク」はいまだに届きません、ましてや支援金の申し込み書なぞ全然。

先走って色々買ってしまったのですが、カードの引き落とし日に間に合いそうもありません。

長い長いフリーランス生活で、請求書を発送しても入金が確認できるまではその金額は予定に入れない習慣がついていたはずですが、国家の約束なのでつい気を許してしまった。

なんてこった。

それにですね、入ると思ったら財布の紐が緩んで(今時の財布に紐はありませんが)結構オーバーしています。

安倍センセイ、ホントに10万下さるのでしょうね。

 

コロナヲヨケテ

2020 年 4 月 29 日

隅田川

「アベノマスク」はいまだに届きませんが、幸いにしてわたくしはいまだコロナに感染しておりません。

昼飯は大概近所の立ち食いそばで済ませていますが、頼むものは決まっていて、かけ蕎麦にゲソ天(大きな烏賊のゲソをぶつ切りにしてかき揚げにしたもの)をのせてもらって290円。

でも、小池さんが三密を避けろとおっしゃるのでそれもやめました。

私一人が食べるのをやめたからといって、ましてや290円ぽっちで、そば屋が困るものでもないでしょうが、チリも積もると中々苦しいのじゃないかと思うと、ちょっと心が痛みます。

写真は隅田川に浮かぶ魚、二枚は別の魚です。

1日に2匹浮いていたということです。

魚種は鯉だろうと思います。

鯉は相当汚い川でも生きていけますから、川の汚れで浮いたわけではないでしょう。

強い風が吹いたので上流で酸素の少ない水がかき混ぜられて上へ上がったのかも、あるいは他の理由が?

それから、何度もしつこいので書くのをためらっていたんですが、隅田川から都鳥は消えました。

全て渡りに旅立ったのでしょう。

なんとなく寂しい気持ちになりました。

今は大きい鵜とカイツブリみたいな小さい、水に潜って魚をとる黒い鳥とアオサギが来ます。

私の子供の頃は夕方に盛んに飛んでいた蝙蝠は今は見ることがありません。

 

結構辛い、ユリカモメ異聞の2

2020 年 4 月 21 日

ユリカモメ1

ユリカモメ2

わかりにくい写真ですみません。

以前書いた「ユリカモメ異聞」でユリカモメに頭の白いのと黒いのが居て、それは雌雄だと思っていましたがそうではなかった、ということを書きましたが、今朝の散歩コースのユリカモメ、結構な数が居たんですが、頭の白いやつは一羽も見られませんでした。

ということは渡の日が近いということでしょうか。

そういえば、マガモはもう一羽も姿がありません。

みんな渡ってしまったんでしょうか?

思えば70年以上ユリカモメの頭が白から黒へ変わって居たことに気づかないで居たような散漫な注意力で、人の胸に刺さるような写真が撮れるわけもない。

今になって振り返る無意味な人生をそれでも誠実に生きて行くのは結構辛いことですね。

「アベノマスク」を笑って居た自分はそこにすら届いていなかった。

何ともはや、、、