なぜか 石元泰博 ふう

2019 年 12 月 13 日

浜町公園

今にも雪の落ちて来そうな曇り空を写して白っぽく見えていますが、黒御影石の椅子です。

浜町公園のこの椅子の上に葉っぱのお札が何枚も風に飛ばされないように小石で重石をかけたまま置き忘れられてありました。

それを写真に撮ったら、なんだか石元泰博の桂離宮っぽくなりました。

石元さんといえば、亡くなった小川隆之さんから昔こんな話を聞いたことがあります。

超超売れっ子だった立木義浩さんが撮影を終えて帰る道すがら、彼は大きなリムジンに乗って後ろの席で足を伸ばしてのうのうとしてくつろいでいたそうです。

車が銀座通りを松屋の前に差し掛かった時、歩道をおおきな大きな「エイトバイテン」のディアドルフというカメラを三脚をつけたまま肩に担いでヨタヨタ歩く爺さんがいたそうです。

窓に寄って良く見るとそれが石元さんだったそうです。

後ろにはアシスタントがフィルムホルダーの入ったおおきなバッグを肩にかけてこれもヨタヨタ後についていたそうです。

これから撮影に行くのか、それとも帰りなのか、どちらにしても車にも乗らずカメラを自らの肩に担いで移動している姿に出会ったそうです。

それを見て立木さんは「俺は車降りて、石元さんに謝りたくなったよ」と、そんな話を小川さんに聞かせたことがあると聞きました。

「それを聞いて、小川さんどう思ったんですか?」とわたしが訊くと「俺でも土下座したかもね」と。

この話を聞いてわたしはなんだかいい話だなあ、と思いました。

それ以来、わたしは石元泰博さんの写真を見ると、いつも忘れていたものを思い出させてくれるような気がして、いい気分になります。

それと、石元さんのバウハウス仕込みの造形が好きなんです。

かっちりしていてスキがないのにどこか優しい写真が好きです。

永代橋

2019 年 12 月 9 日

永代橋

長い間、幌のかかった状態でペンキの塗り替えをしていた清洲橋と永代橋。

そのうちの永代橋の幌が取れました。

以前は濃い深緑色だったものが明るい空色に。

橋のたもと右側にある堤防の下にカワウ数羽とサギがよく来ています。

ここはちょうど日本橋川が隅田川に合流するところで小魚が集まるせいでしょう。

その割にはここでシーバスをあげている人はあまり見ませんが。

曇り空に永代橋、綺麗な風景ですが、晴れた日にもう一度撮って見ましょう。

残念です

2019 年 12 月 6 日

空

昨日の朝です。

観天望気ではこの雲が出るとお天気が悪くなる、そうですが昨日は一日晴れていました。

でも今日は曇って、明日は雨になるそうです。

お天気は確かに悪くなっていますね。

こんな秋らしい爽やかな雲の出た日にアフガニスタンでペシャワール会の中村哲さんが銃撃されて亡くなったニュースが入ってきました。

善意の人が悪意に殺されるのは何とも悔しい。

善意がいつか悪意に勝つ日が来なければ、人類は滅びてしまいますよね。

偉大で勇気ある善意に満ちていた中村哲さんに哀悼を捧げます。

この雲と空とを貴方に捧げます。

2020年のカレンダーが出来上がりました

2019 年 11 月 22 日

カレンダー

今年も色々お世話になりました。

なんとか、怪我も病気もなく一年を過ごすことができました。

「路上の記憶」も内容の重さの割りには好評のうちに終えることができました。

わざわざ足をお運びいただいた皆様には感謝いたします、ありがとうございました。

合わせて、この展覧会を企画、運営、実行を担ってくださった中田輝昭さんには深い感謝をささげます。

 

そしてきたる新しい年のカレンダーも出来上がりました。

全ては例年通りです。

よろしくお願いいたします。

artscape 飯沢耕太郎氏レビュー

2019 年 11 月 3 日

大日本印刷のWebマガジン「artscape」に過日のkanzangalleryにおける「路上の記憶」を見ていただいた

写真評論家の飯沢耕太郎氏によるレビュー記事が載っています。

その評論の概ねは作者の意図とたがわない文章となっておりますので、当展覧会に足をお運びいただいた諸姉、諸兄には

このレビューも合わせてお読みいただければありがたいのですが。

取り敢えずはお知らせまで。

https://artscape.jp/report/review/10158207_1735.html

ノーム

2019 年 10 月 30 日

濃霧

今朝は霧が出ましたね。

幕張のお天気カメラで見ると地上の雲海で素晴らしい景色でした。

フットワークのある人があれを8X10で撮っているんでしょうね、昔なら。

今は35mm型のデジカメでそれが撮れてしまいますから、機材の準備で盛り上げていった気合がどこかふんわりとしたものになって、そのまま撮影に向かってしまうのは私だけなんでしょうか。

段取りは複雑なほど、気合が入って行ったことが今頃になって分かるのは凡てことですよね。