縄手で見つけた高橋由一

2019 年 4 月 18 日

松本城

天気は快晴、桜は満開。

ふるさとは変わらず故郷でした。

子供の頃から親しんでいた蕎麦屋がすっかり味も店も値段も変わっていたのは泣きたくなるくらい悲しくなりました。

縄手のとある店

縄手で見つけた高橋由一、、、、、、風。

 

追記  カメラを持っていたのに、一度もバッグから出さずじまい。

写真はすべてiPhone 7。

それでいいのか!?

ウィーンはまだ6度だそうです

2019 年 4 月 15 日

ウィーンからまた写真が送られてきました。

彼の地はまだ6度くらいだそうですが、景色を見れば春の足音が聞こえてきそうです。

写真はすべてSchifteさんです。

 

既に亡くなった友達の子息が路上で、、、

2019 年 4 月 7 日

今の人形町の私のスタジオを作ってくれたり、名刺や請求書、領収書に使っている私のロゴマークを描いてくれた友達のご子息がギターリストになって、路上でライブを続けています。

スタジオミュージシャンやバンドに入るとかしないで路上にこだわるその理由は訊いたことがありませんが、彼のこだわりが奇跡を呼びました。

こういう事が起きるのですね。

毎年のことですが

2019 年 4 月 2 日

八重桜

桜花の下処理が終わりました。

八重桜

で、これを梅図にしばし浸してから水が切れるほどに干してから塩漬けします。

その後はオオシマザクラの葉を摘んで、やはり塩漬け。

葉の方は熱湯で煽りますが、その時に鮮やかな緑の色が消えます。

お店にある桜餅の緑の桜の葉はどうやってこさえてるんでしょうかねえ?

 

もう使わないでしょう

2019 年 3 月 22 日

テープ

ささくれてゴムけてしまっていますこのテープ。

昔は活躍したんですが、もう出番はないでしょうね。

使いかけのフィルムが入っている4x5の箱、撮影済みの35ミリのパトローネを入れた箱や袋、4x5のホルダーを入れたバッグ、あらゆるフィルム、印画紙関係の入っているものに貼っていたんですが、もうX線は怖くないですものね。

思えば消えたものはたくさんあります。

写植やさんやカンプライターを始め消えた職業、道具は数知れず。

フィイルムすら消えたんですから変われば変わるもんです。

今後消えるものもたくさんありますよね。

一眼レフカメラはその筆頭でしょうが、十年ほど前には「カメラマンはいらなくなる」と囁かれたものです。

特に物撮りのカメラマンは必要なくなる、全て商品写真はCADから起こす、そう言われたことがあるんですが、かろうじて私を含めてまだ細々と生きています。

時は世に連れ、世は時に連れてかわって行くのに対応しきれないと本人が消えてしまう、なかなかのんびりできないものです。

先日ご紹介した映画「洗骨」ですが、たった4館の上映館だったものが100館にまで拡大したそうです。

監督のゴリさんは政治的発言をしたということで、テレビで姿を見ることがめっきり減りましたが、妙な話です。

お笑い芸人が政治的発言をすると干される、というのはなんだかなあ。

まあ、映画があたってよかった。

そういえばテレビが復旧し始めた頃には「映画は消える」と言われたもんですけど。。。

Wienに春が来たそうです

2019 年 3 月 7 日

WienのSchifteさんからスキーに行った写真が送られて来ました。

本場アルプスはきれいですねえ。

花はよくわかりませんが、日本の待雪草みたいな花ですかね。

本場のアルプスはきれいですが、私は自分が育った地で見えた日本のアルプスも好きです。

生まれて10年ほどを長野県の松本市というところで育ちました。

松本は今ではすっかり発展した地方都市、という感じですが当時は里でした。

今の穂高のような感じでした。

朝、二階の突き出し窓を開けると、目の下が畑で近くには浅間遠くにアルプスが見えていました。

白い山の影が春になると薄紫、夏には緑、秋には茶色くなってまた白い冬が来ます。

夏の夜、新月の真っ黒な地平線を眺めていると山の向こうで光る稲妻に一瞬山の端が浮かび上がります。

戦後のなにもない夜の暗い時期だったからこそ、その夜の景色は美しかった。

雷の終わるまでフラッシュに浮かび上がる山の稜線を飽かずに眺めたものでした。

松本からは常念が見えるのですがそれが真っ黒な夜空に線画で浮かび上がるのです。

この年になっても網膜に焼き付いて昨日のことのように浮かんできます。

遠く眺める山は良いですねえ。